コリアン
February 03, 2014
辛淑玉さんの宇都宮けんじ応援演説書き起こしと動画
辛淑玉さんの宇都宮けんじ応援スピーチ


辛淑玉さんのスピーチを聞くと、やはり僕は常に弱者の味方をしていらっしゃった宇都宮健児さんに都知事になってほしいと思う。
辛淑玉さんは渋谷生まれの渋谷育ちだが、外国人のままなので当然選挙権はない。 帰化を申請したけど却下されたそうだ。票を持たない辛さんがなぜ宇都宮さんを応援するのか。動画を見ればよく分かる。ぜひ聞いてくほしい。併せて、続いて行われた宇都宮さんのスピーチの動画もご紹介するす。最後に辛さんのスピーチを書き起こしを転載した(2/4)。
辛淑玉さんの応援スピーチ
宇都宮さんのスピーチ
辛淑玉さんの応援スピーチ
私はここに一票持っていません。一票持っていない私は、宇都宮けんじさんの応援に来ました。そして、この人が東京都知事になってくれなければ、私たちの明日はない、あなたと私の明日はない、と思っています。
November 14, 2010
新大久保にある高麗博物館に行ってきました!
去る11月12日(金)、高麗博物館に行ってきた。高麗博物館とは、日本とコリアの交流史の博物館だ。NPO団体が運営している。韓流ファンのメッカ、新大久保の職安通り沿いのビルにある。
高麗とは言わずとも知れた918年に王建(太祖)が建国し、朝鮮半島を一つに統一し、1392年に滅びた国名。
元は三国時代のドラマ「朱蒙(チュモン)」で有名になった高句麗(紀元前1世紀〜7世紀)の略称で、途中から自称「高麗」となり、中国や日本でも高句麗のことを高麗と呼んでいた。高句麗はその南方に新羅、百済と接し、北は中国東北地方(現満州南部)までを含む史上最大の領土を誇っていた。それ故に世界的にも名を轟かせ、KOREAという英語名
の元になった。
高句麗は最大の面積で繁栄したことで、高麗は(新羅の統一とは違い)外勢の力を借りずに国を統一したことで、朝鮮半島の歴史上、燦然と輝く最重要国家と見られている。
高麗博物館は面積は小さいながら朝鮮半島の古くは古朝鮮時代から現代までの2000年以上に及ぶ悠久な歴史の中での日本と朝鮮半島間での交流を辿ってみることが出来る博物館だ。時期ごとに特集展示が行われている。
高麗博物館の目的
1.高麗博物館は、日本とコリア(韓国・朝鮮)の間の長い豊かな交流の歴史を、見える形であらわし、相互の歴史・文化を学び、理解して、友好を深めることを目指す。元々は1990年に東京都稲城市の市民がこのような博物館を作るための運動を始め、2001年12月に開設された。そう、来年で丁度10周年だ。
2.高麗博物館は、秀吉の2度の侵略と近代の植民地支配の罪責を反省し、歴史の事実に真向かい、日本とコリアの和解を目指す。
3.高麗博物館は、在日韓国朝鮮人の生活と権利の確立を願いながら、在日韓国朝鮮人の固有の歴史と文化を伝え、民族差別のない共生社会の実現を目指す。
僕が行ったときは「失われた朝鮮文化遺産」という特集展示がされていた。
広さは博物館にしては小さかったが、展示の内容はそれなりに楽しめた。
特集の内容は小規模ながら充実しており、一冊の本にまとめられて1300円で販売されている。

ちなみに入館料は300円。(特別展示がある日は400円)チマチョゴリはクリーニング料の名目で200円払えば試着できる。
12月2日からは朝鮮陶磁に関する展示、来年に入ると在日コリアンが発展させてきた食文化についての特集がある。とても興味深い。稲城市に6年ほど住んでいる自分がこのことを知らなかったことが恥ずかしい。日本人が在日コリアンと力を合わせてこのような素晴らしい博物館を運営しているのを知って力が沸いてきた。できる限り高麗博物館の発展に寄与したいものだ。
興味ある人は、ぜひ足を運んで欲しい。月曜日と火曜日がが休館日。
今回は自分のブログで紹介することを理由に写真撮影を申し込んで、許可を得て携帯電話のカメラで写真を撮らせていただいた。
高麗博物館のホームページ
April 11, 2009
チャン・ユファのライヴ@NOMAD in 代官山
今日は渋谷まで出かけて、代官山のNOMADというライヴハウスへ行ってきた。前回紹介したチャン・ユファのライヴを見るためだ。
この日は5組ほどのバンドが順番に演奏する。その3番目が彼女。早めに行って、その前のバンドのライヴから観覧することにした。
僕が会場に着いたとき、たまたま彼女がロビーに出ていて出迎えてくれた。こんなに簡単に会えるとは思っていなかったので、少し面食らったが、激励できたのでよかった。
前のバンドの演奏中に会場へ入ったが、そこは30人ほどの座席がある小さなホール、それでも空席が目立っていた。
そのグループの演奏が終わると、次々と観客が入ってきて、席は全部埋まり、立ち見客まで出てしまった!チャン・ユファは結構人気あるんだなあ、と感心してしまった。
彼女のライブはまずディズニーのアニメ、「リトル・マーメイド」をモチーフにし、挿入曲の "Under the Sea"のサウンドに演奏を合わせ、いきなり英語のセリフを「エア」(口パクシンクロ)して、驚かせてくれた。
彼女のライブ、オープニングは毎回このように色々楽しませてくれるようだ。
今日演奏したのは以下の曲。4.の民謡メドレー以外は自作曲。
1. Live Your Dream
2. I Know ~ 気付いたこと
3. 君色(きみいろ)
4. 民謡メドレー独奏(Instrumental)
5. 君がいるから〜Because You Are Here
6. We Will Meet Again〜また出会える君へ
7. You Can Do It
1,2は一ヶ月前くらいに完成したという新曲。3.はラブソング。
4.は韓国・朝鮮の民謡をメドレーにしたもの。本人曰く、3曲をミックス、いいとこ取りということらしい。さすがにカヤグムのプロだけあって、演奏はしっかりしているのが分かった。
6.は病気に負けずに頑張った、友人のお母さんのことを歌った曲。
タイトルは英語が多いが、歌詞は日本語で、英語はほとんど出てこない。
チャン・ユファの声は澄んで清らか、癒しの雰囲気を漂わせている。歌い方は基本に忠実だが、時折沖縄民謡のような節回しが表れた。彼女の声を聞いているとメロディと相まって、なんだかほのぼのした気持ちになれる。その歌詞はとても前向きで、一緒に歌えば元気が出てくる。カヤグムの演奏はもちろんピッキングで、アメリカン・フォークの父、Pete Seegerが得意とするバンジョーの調べを彷彿させる。彼女の曲間のMCは特徴のある舌足らずな話し方で、座席に座れない立ち見のお客さんたちに気を使ったりして、優しさと思いやりを感じさせてくれる。
もう僕はファンになりました。まだCDも作れず、自己宣伝の場も限られているので、僕は微力ながら、ネット上で応援して協力して行きたい。
May 01, 2007
ドキュメンタリー映画「ウリハッキョ」IN ソウル
韓国のソウルでウリハッキョという映画を見た。韓国人の映画監督キム・ミョンジュン氏が北海道の朝鮮学校を3年間取材して作ったドキュメンタリー映画だ。
舞台は北海道朝鮮初中高級学校
北海道朝鮮初中高級学校は、日本学校で言えば小学校から高校までの一貫教育を実施しているのと同じである。小学一年生で入学すると、12年間同じクラスで勉強して卒業していくのだ。北海道には一つしかない朝鮮学校であるこの学校には北海道全域から生徒が集まってくるので、遠くの生徒のために寄宿舎がある。多くの生徒たちは小一のときから親元を離れ、寄宿舎でクラスメートたちと生活するのだ。この映画では生徒たちの学校生活とインタビューを中心に3年間のいくつかのエピソードが盛り込まれた。
朝鮮学校唯一の日本人教師
前半のクライマックスは日本人のサッカー監督、藤代先生についてだった。藤代先生は、朝鮮学校のサッカー部指導教師との交流を通して朝鮮学校を指導することになった。藤代先生の立派なところは、朝鮮学校の生徒を教えるには朝鮮語で話すべきだという信念を持ち、朝鮮語をマスターしようと努力し、映画中のインタビューでは日本語交じりの在日と同じような朝鮮語で話していた。後には正式に体育の教員になったのだ。朝鮮学校唯一の正式な日本人教師となったのだ。
映画の中では、地方予選を勝ち進み、あと一歩のところで敗れてしまった試合後の監督と生徒たちの悔しさがよく現れていて、とても感動的だった。
高級部卒業生の朝鮮への修学旅行
後半のクライマックスは卒業生たちの朝鮮への修学旅行。朝鮮学校の高級部(高校に相当)3年生は修学旅行で朝鮮を訪問する。今は入港できなくなってしまったマンギョンボン92号で訪問するのだ。
このときはマンギョンボン号で訪問できたのだが、「拉致被害者を救う会」の人々が船の前で大々的な反朝鮮抗議運動を展開していて、周囲は警察による厳戒態勢が敷かれていた。生徒たちはこのような波止場にマイクロバスで入り乗船することになるのだが、韓国人であるキム・ミョンジュン監督は入場を自粛せざるをえなかった。
これは生徒たちが乗船する姿を撮影できないということだ。しかし、監督は遠くから船が見えるところを探して、望遠レンズで船上の生徒たちを撮るのである。もう生徒たちの家族同然になった監督を見つけた船首のあたりに集まった生徒たちがみんなで一斉にポーズを取ったり、手を振ったり。とても良いシーンであった。しかし、監督は2年以上同じ民族として何の壁も感じずに親しくなった朝鮮学校の人たちとの分断の壁を初めて感じたのだと云う。
しかし、この監督には抜かりが無く、生徒の一人にビデオカメラを持たせたのだ。その生徒が責任持って祖国訪問の様子を撮影して帰ってくる。当然その様子も映画に出てくる。韓国中の映画館で朝鮮学校の生徒たちが朝鮮で観光を楽しむ姿が映されているのだ。なんと素晴らしいことだろう。
一生を教育に賭したお母さん先生
朝鮮学校はほとんど同胞たちの寄付によって運営されている。(朝鮮学校への寄付は法的に寄付と認められていないので、免税対象とならない)従って、教員たちの収入もそんなに多くない。なので女性の教師は結婚すると止めざるを得ない。そんな中で、結婚後もずっと教師を続けてきたベテラン教師がいた。その先生は、今回の主役生徒たちが高3の時にガンを患っていることが判明した。そのことは誰にも知らせずに、授業を責任を持って遂行する。生徒たちの卒業式が終わるとすぐに病院に運ばれたのだ。そしてしばらくの闘病生活の末に亡くなられてしまう。この先生は正に民族教育に我が身を捧げた、英雄的な教師だったと思う。ご冥福をお祈りします。
学校講堂での結婚式
北海道の朝鮮学校は半分以上の生徒たちとほとんどの教師たちが朝早くから夜遅くまで共に生活する、小さな世界だと言える。この学校の先生方は休むひまも無く働いているので、遊んだり、結婚相手を探したりするのも限られる。
この映画の中でも、教師同士の結婚式が出てくるのだが、結婚式は学校の講堂で執り行われた。朝鮮人は普通結婚式と披露宴を同時に行なう。幸せな主人公たちは同僚教師と生徒たち、それに同胞たちによる手作りの結婚式を行なった。僕の両親も昔、父の職場であった朝鮮学校の講堂で結婚式を行なったのだが、21世紀の現在もこのような結婚式が行なわれているのには驚いた。
こんなに感動的なドキュメンタリー映画は初めて見たような気がする。実は、僕も3月まで2年間、ある民族学校で働いていて、4月に辞めたばかりだった。そんな僕が韓国へ来てこの映画を見ることになったのは、何か運命的なものを感じた。この映画はまだ日本では公開されていない。何箇所かで上映会が行われたくらいだ。大阪の朝鮮学校で上映会があり、キム・ミョンジュン監督が挨拶されたそうだが東京ではまだのようで、近々千葉で上映会があると聞いた。
この映画、在日同胞が見ると必ず感動する。しかし、日本国民が見たらどうなのだろう?ぜひ多くの善良な日本人の皆様に素直な気持ちでご覧戴きたいと思う。
