Korean
January 22, 2011
「イケメン(美男)ですね」の切ない挿入歌
去年初めて同じ時間帯で放映され、今回2度目の放送。僕はこのドラマに結構ハマったので、今回も喜んで、見れるときだけでも見ている。
サウンドトラックも二枚とも聞いているが、その中で一際切ないバラードがある。「どうすればいいの」(어떡하죠)という女性ボーカルで、ドラマのストーリーを知って聞くとより一層悲しい歌だ。
↑このビデオ、確かにチャン・グンソクとパク・シネだが、何だか若いし、イチャイチャしすぎで、歌の良さが伝わらない!別の共演ドラマなのか?
とにかく、歌は良いので、聴いてみてください。
ちなみにヤフオクでこの曲が入っているサントラ買えるよ。
Part II にこの歌は収録されてるよ。
ヤフオク Part II
ヤフオク Part I ―こちらはこの歌は入ってないけど、やはり本元なので、はずせない曲ばかり。
November 14, 2010
新大久保にある高麗博物館に行ってきました!
去る11月12日(金)、高麗博物館に行ってきた。高麗博物館とは、日本とコリアの交流史の博物館だ。NPO団体が運営している。韓流ファンのメッカ、新大久保の職安通り沿いのビルにある。
高麗とは言わずとも知れた918年に王建(太祖)が建国し、朝鮮半島を一つに統一し、1392年に滅びた国名。
元は三国時代のドラマ「朱蒙(チュモン)」で有名になった高句麗(紀元前1世紀〜7世紀)の略称で、途中から自称「高麗」となり、中国や日本でも高句麗のことを高麗と呼んでいた。高句麗はその南方に新羅、百済と接し、北は中国東北地方(現満州南部)までを含む史上最大の領土を誇っていた。それ故に世界的にも名を轟かせ、KOREAという英語名
の元になった。
高句麗は最大の面積で繁栄したことで、高麗は(新羅の統一とは違い)外勢の力を借りずに国を統一したことで、朝鮮半島の歴史上、燦然と輝く最重要国家と見られている。
高麗博物館は面積は小さいながら朝鮮半島の古くは古朝鮮時代から現代までの2000年以上に及ぶ悠久な歴史の中での日本と朝鮮半島間での交流を辿ってみることが出来る博物館だ。時期ごとに特集展示が行われている。
高麗博物館の目的
1.高麗博物館は、日本とコリア(韓国・朝鮮)の間の長い豊かな交流の歴史を、見える形であらわし、相互の歴史・文化を学び、理解して、友好を深めることを目指す。元々は1990年に東京都稲城市の市民がこのような博物館を作るための運動を始め、2001年12月に開設された。そう、来年で丁度10周年だ。
2.高麗博物館は、秀吉の2度の侵略と近代の植民地支配の罪責を反省し、歴史の事実に真向かい、日本とコリアの和解を目指す。
3.高麗博物館は、在日韓国朝鮮人の生活と権利の確立を願いながら、在日韓国朝鮮人の固有の歴史と文化を伝え、民族差別のない共生社会の実現を目指す。
僕が行ったときは「失われた朝鮮文化遺産」という特集展示がされていた。
広さは博物館にしては小さかったが、展示の内容はそれなりに楽しめた。
特集の内容は小規模ながら充実しており、一冊の本にまとめられて1300円で販売されている。
特集以外にも朝鮮通信使の様子を忠実に再現した精巧なミニチュア・フィギュアが常時展示されており、これは一見の価値がある。
ちなみに入館料は300円。(特別展示がある日は400円)チマチョゴリはクリーニング料の名目で200円払えば試着できる。
12月2日からは朝鮮陶磁に関する展示、来年に入ると在日コリアンが発展させてきた食文化についての特集がある。とても興味深い。稲城市に6年ほど住んでいる自分がこのことを知らなかったことが恥ずかしい。
日本人が在日コリアンと力を合わせてこのような素晴らしい博物館を運営しているのを知って力が沸いてきた。できる限り高麗博物館の発展に寄与したいものだ。
興味ある人は、ぜひ足を運んで欲しい。月曜日と火曜日がが休館日。
今回は自分のブログで紹介することを理由に写真撮影を申し込んで、許可を得て携帯電話のカメラで写真を撮らせていただいた。
高麗博物館のホームページ
August 03, 2010
July 12, 2010
8月に妻がいる韓国に行くぞ!
自分が運営する英語・韓国語スクール、今年に入って徐々に生徒が増加。レッスンも増えて海外へしばらく行けない状況がここ1年ほど続いた。 反面、妻の方は去年から今後の収入のための投資で、一年の半分くらいは韓国のソウルで韓国伝統料理を学んでいる。今も韓国滞在中だ。8月中に日本に帰ってくる見込み。僕は日本で一人頑張ってきた。
僕の仕事の方も夏休み期間に入ると少し余裕ができるので、久しぶりに韓国へ行って来ようと思う。今回はできれば自分の戸籍問題を解決して来れたらいいと思うし、何か新しいビジネスチャンスを探って来たい。
今回韓国へのフライトは久しぶりに一人フライトなので、楽しみだ。
妻が住んでいる部屋は狭いので、僕が滞在する一週間くらいはちょっといいホテルで滞在したいと思っている。妻に言えば、現地で良いホテルを調達してくれると思うのだが、恐らく反対するだろう。タイトな財政の中で一人頑張っている立場では、宿泊に対するコストはできるだけ下げたいのだと思う。
だから、この機会にソウルを脱出して、故郷とか、料理が一番美味しいといわれる全羅道の全州でも行こうかと思う。
日程が定まったら日本国内からホテルを探して予約する予定だ。
妻は僕と結婚して海外旅行デビューした。結婚して二人で初めて韓国を訪問した。でも僕が中途半場に海外滞在経験者だったので、敢えてツアーに参加することを選ばず、自分たちでホテルを予約して、格安チケットで行ったものだ。
インターネットが普及したおかげで、海外のホテルを日本から簡単に予約できる。7年前の話だが、ホテルクラブを利用した。世界中のホテルの料金が分かり、ネット特別価格で予約できる。利用客のレビューがとても参考になる。
その上、ポイントが溜まって、次の利用時に使用できる。ホテルクラブを通して、韓国、イギリス、オーストラリアのホテルを予約して利用したが、予め予約ができていたので、旅程がかなり気楽だった。ホテル側でも丁重に扱ってくれたし、気分も良かった。
ちなみに、今日明日なら、このホテルは4,222円で一泊できる。
今度どんなホテルにするか、まだ行ったことのない都市になるかもしれないこともあり、今から胸がワクワクする。
March 18, 2010
朝鮮高校も無償化に含む―数多くの大学教授たちが支持!
・内閣総理大臣 鳩山由紀夫 ・文部科学大臣 川端達夫 ・内閣官房長官 平野博文
★内容〜100%納得です。
★賛同者一覧〜数の多さに圧倒されます。感動です!時間かかるので数えられません。
★メッセージダイジェスト〜これを読むと元気でます!とても心強いです。
やはり学のある人たちの考えることは違いますね。理路整然としています。
多くの方々に読んでもらいたくてご紹介しました。
「高校無償化」措置を朝鮮学校に適用することを求める大学教員の要請書
高校無償化に朝鮮高校を含めるべきか除外すべきか考えるときに読んでもらいたい 2
中国・大連でも日本人学校があり、そこで学ばれた方が「日韓百年市民ネット」のMLに次のように書いてありました。
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わたしは、敗戦後4年間、現在の中国東北部の都市大連ですごしましたが、あとのほぼ3年間は「大連日僑学校」という名の学校に通っていました。「日僑」という呼び名に違和を感じるひとがたぶんいるでしょうが、「僑」とは居留民のこと。
この学校は、当時、国民党系と共産党系のひとびとが協力しあって、「大日本帝国」の支配から脱しえたばかりの大連市を自治的に運営するために、ソ連占領軍当局の了解のもとに、創設した大連市政府から、日本人総引揚ののちも大連に「残留」して、その知識や技術を中国人に伝えてほしいと要請された技術者・研究者の子供たちの教育機関として、大連市政府から設立を許可されたものです。
日本人技術者研究者がなぜ残留を要請されたかについては、重要な歴史的要因がからんでいるのですが、ここでは省きます。
この学校の生徒は、したがって、日本人だけでした。教師も日本人。教育に用いられる言語は日本語でした。
その当時、わたしもふくめおおかたの生徒たちはそれを当然のことと思い、なにひとつふしぎには思って
いませんでした。
これが大連市政府の大英断であったのだとわたしが気づいたのは、わたし自身が、たしかまだ東知事の時代だったと思うのですが、東京都が朝鮮人学校を閉鎖しようとしたことに反対してたたかっていたときのことでした。
ひじょうに哀しいことですが、わたしたちのこの民族のなかには、いまだに、在日韓国朝鮮人が自分たちの子供を自分たちの民族の言語で教育することそれ自体を快く思わないひとたちがいます。
これにひきくらべ、あの「大日本帝国」が敗れてまもない時期に、つい先頃まで自分たち中国民族を軽蔑し抑圧してきた日本人たちに対して、その子弟を、自分たちが独自に自分の民族の言語で教育することを許した中国人たちの心のひろさ、大連市政府の(そしてまたソ連占領軍当局の)民族政策の正しさには、いまあらためて脱帽するほかありません。
ことはまぎれもなく単純なのです。
世界中のどの民族も、自分たちの子弟を、自分たちの手で、自分たちの民族の言語を用いて教育する権利をもっています。どのような理由があろうとも、この権利そのものを侵害することはゆるされません。朝鮮高校に対して、どのような意味においても、差別的とりあつかいをしてはならない。
これは、国交があるとかないとか、教育内容がどうとかいったこととはいっさいかかわりがない。
いつになったら、わたしたちのこの民族に属するひとびとは、こういったことが単純で議論の余地のないことであると気がつくのでしょうか?
彦坂 諦
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March 17, 2010
高校無償化に朝鮮高校を含めるべきか除外すべきか考えるときに読んでもらいたい その1
日本国民の中には朝鮮学校を快く思わない人々が増えてきているようで、それがこの事態を引き起こしたと思う。色々と書きたいことはあるが、何はともあれ以下の文を読んでほしい。これはMIXIで知り合った方のブログに紹介されていたもの。ある新聞のコラムみたいだ。
1948年、日本では政府が朝鮮学校を閉鎖するための弾圧をかけ、在日同胞が朝鮮学校を守るために戦っていたころ。4月の阪神教育事件が代表的だ。
ちょうどその時期の話だが、この時期に実は朝鮮のピョンヤンに日本人学校があったそうだ。まだ朝鮮は朝鮮で、韓国も北朝鮮も政府が樹立する少し前、その頃の話だ。こちらにも転載させていただく。
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1948年4月19日から23日にかけて、平壌で朝鮮統一政府樹立のための南北諸政党・社会団体連席会議が開かれた。
そのとき南の代表として訪れていた金九の随行記者、金光斉が後に「北朝鮮紀行」という小冊子を発行したが、そこで「平壌日本人学校」という興味深い記事を載せている。
連席会議を終えたある日、市内を散歩していると偶然目にした「平壌日本人学校」の表札。興味津々、校内に入った。
校長は不在で副校長に話しを聞くと創立は1946年12月、学校の財政は北朝鮮人民委員会財政局で負担し、同年の予算は223万7000円。日本人教職員は10人、学生は中学生19人、小学生40人とのことである。
生徒の父母はみな日本人技術者で、彼らは朝鮮人技術者の最高額である5000円が支給され、子供はもとよりみな朝鮮人から差別されることなどないと話した。
ところで同じとき、日本政府は朝鮮学校閉鎖命令を出し、民族教育など認めないと国家権力をもって大々的な弾圧を繰り広げていた(4・24教育闘争)。
「旗を降ろせ/写真を掲げるな/朝鮮語をしゃべるな!」と。
高校無償化「適用除外」ですか、そもそも論で言うなら、日本政府は民族教育を積極的に保証すべき歴史的・道義的義務があるのですよ。(宣)
「朝鮮商工新聞」(3月16・23日付)から
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February 25, 2010
有望な在日コリアン・シンガー、ユン・ヘヨン
ユン・ヘヨンさんは、先の記事でも述べた通り、僕が東京朝鮮中高級学校で英語を教えていた頃に1年間英語の授業で彼女のクラスに入った。高校時代まで舞踊部に属し、卒業後も民族舞踊を活かした仕事に就いていたので、結婚式場のホテル・ブエナビスタのロビーで偶然出会った時には舞踊のために来たと思ったが、そのときに本人から聞いて彼女が歌手だということを知った。(今思えば、サインでも貰っておけばよかった。)
彼女の歌声は結婚式に登場して初めて聞いたが、アルトの声域だろうか、深みがあって、とても魅力的な声だ。
以下にユーチューブ動画を紹介するが、前置きで紹介している携帯サイトは残念ながらもう無くなっているようだ。
ユン・ヘヨン ライブ 『花 太陽 雨
Xmas POP (スタンダードの"Lovin' You"の最後の方から演劇っぽいシーンを経て別の曲を歌います。
「パラン-風」(歌は1分10秒目くらいから始まります。)
CDは↓で!
February 21, 2010
親戚の結婚式.に行ってきました。
お父様が地元で力のある在日コリアン商工人なので、式は高級ホテルを使って盛大に行われた。僕も弟と一緒に前日に行って一泊させていただいた。
在日コリアンは披露宴の場で結婚式を行う場合が多いのだが、今回は披露宴に先駆けてホテルにあるチャペルで式を行った。キリスト教結婚式風の入場・退場だったが、式の内容は通常通り宣誓文を読み上げて指輪を交換し握手するという段取り。教会式での定番であるキスシーンは残念ながらなかった。教会での一風変わった結婚式の雰囲気を味わうことができて面白かった。
披露宴は、在日コリアンの場合よくあることだが、日本語と韓国・朝鮮語(以降ウリマル)を交えて進行する。そこで大変なのが司会者。今回の司会者は僕と同期で朝鮮大学校の文学部を卒業した京都のキム・チンシルさん。彼女は大学時代から司会やアナウンス、MCなどで活躍していたが、今もこのような仕事を専門にしているとのこと。今回は半ば通訳を兼ねた司会だったが、とても上手かったと思う。ウリマルから日本語への訳は要点を適格に述べていた。
終盤はお決まりの民謡メドレーで、ご年配の参加者たちを中心に民族ダンス・パーティーの様相を呈した。
久しぶりにかつての東京朝鮮中高級学校時代の同僚教師二人に会えた。一人は在日本朝鮮サッカー団に所属していたリーさん、もう一人は現在長野の朝鮮学校の校長先生であるチン先生。
もちろん、新郎のおばあさん(僕のおば)やその家族と会っていろいろお話できたのも良かった。
新郎新婦のご家族の皆様、お疲れさまでした。僕は楽しい思いをさせていただき、最後まで親戚として一緒に過ごせなかったことを申し訳なく思っております。
新郎新婦、スンホ君・チヨンさん、お幸せに!
December 18, 2009
チャン・ユファ 12/18渋谷 KABUTOのイベント参加!
カヤグム引き語りシンガー、チャン・ユファが11/14に代官山NOMADでの久々のライブを成功させ、11/29にはうつみ宮土理さんのディナーショーにて「イムジン河」を演奏したのに続き、12月18日には渋谷のKABUTOにて行われるT-TOC レコーズのイベントで演奏。開演は18時の予定。
これはオムニバス・アルバムT-STEP BATTLE VOL.6 の発売記念イベントで、チャン・ユファの"Live Your Dreams"が第一曲目に収録されることになりました! (他に、和泉飛鳥、イヒヒ小山、華衣あい、菅嶋光明、ZIN、滝沢美和子、Free-Flowing、ふわり、みきまき、ゆきえ らの曲が収録) このアルバム、ディスク・ユニオンとアマゾンジャパン
で購入できます。
続いてミニ・アルバムの発売が控えています。
金のたまごたち にもチャン・ユファが紹介されています。
遂に本格再始動したチャン・ユファの活躍に期待したいです。
November 24, 2009
ユン・ソナとチョ・ヘリョン ジャンのイベントでのトーク・ショー
11月22日に行われたモランボンのジャン発売30周年記念講演会の第二部には韓国人タレント ユン・ソナとヘリョンを迎えて、ジョン・キョンファさんとのトークショーが行われた。
二人とも日本に最初に来たときのカルチャー・ギャップについて話していたが、二人とも日本人の遠まわしな婉曲表現を理解できなくて困ったそうだ。
韓国人は思ったことをストレートに言ってしまう特徴があり、人が傷つきそうなことでも熟慮せずにそのまま言ってしまうが、日本人は相手のことを思いやってズバリと言わずに、遠まわしに言うので、日本人マネージャーやスタッフのそんな表現がよく理解できなかったということ。
二人とも日本人のそんなところを理解して上手く対応できるようになって韓国に帰国して韓国人の友達と会って話すと、とても良い人になったと驚かれたそうだ。
ヘリョンは日本でばかり仕事をしていたので、久しぶりに韓国に帰って小学校に入る前くらいの自分の息子と一緒に寝ようとしたら息子が「家族と一緒に寝たい、あんたは母さんじゃない」と言われてショックを受けた話は考えさせられた。
ユン・ソナはモランボン・チャプチェのCM撮影で、笑いが止まらなくなり、撮影が中々進まなくてスタッフに迷惑をかけたこと、他のスタッフは暖かいところで見ていて自分だけ寒いところでがんばっていたこと、丁度妊娠し始めた頃で、つわりがあったりしたのだが、まだ婚約を発表する前だったので誰にも言えず苦しかったことなど撮影の裏話が面白かった。
ユン・ソナは日本でビュー時に付いたマネージャーが新人マネージャーで新人同士励まし合って頑張り、硬い友情を育てていったという。二人で一緒に「きらいきらい大好き 」というエッセーも発表した。これは面白そうだと思った。
名前についてだが、ソナとは在日でもよくいる名前だと思っていたのだが、本名は孫河で、ソの発音が一般的なソナとは違う方のソの音だったし、漢字が女性の名前にしては珍しい字だったので、少し驚いた。
ユン・ソナのブログNovember 23, 2009
ジャン発売30周年記念講演会へ行ってきました
モランボンの焼肉のたれ、ジャンが発売30周年を迎えた。開発・発売元のモランボンではこれを記念して11月22日に講演会を開いた。タイトルは「チャングムの時代から現代まで生き続ける韓国食文化のこころ」。
講演は韓国の宮中料理の重要無形文化財のハン・ポンニョ(韓福麗)さんと、日本で韓国料理の権威とも言えるジョン・キョンファ(全京華)さんの対談形式で行われた。
ハン・ポンニョさんと言えば、日本で大ヒットした韓国歴史ドラマ、「宮廷女官チャングムの誓い (大長今)」の監修をしたことで有名で、朝鮮王朝最後の王様(高宗・純宗)に仕えた水刺間(スラッカン)の最高尚宮のお嬢さんで、母親から直々に宮廷料理の精神・技術を受け継いで現代に伝える貴重な料理家。
ジョン・キョンファさんと言えばモランボン味の研究所、モランボン調理師専門学校を経て30年間韓国料理の指導を続けてきて、日本のマスメディアに登場しながら韓国料理を普及してきた在日コリアンで、「宮廷女官チャングムの誓い
」の日本語版料理監修を務めた。
二人の対談は「宮廷女官チャングムの誓い」に関するエピソードが半分くらいを占めた。
ジョンさんがチャングムの監修をしたのはハンさんの強い奨めで決まったそうだ。
ドラマに出てきた料理について、ドラマが実在の人物を基にしているがフィクションの部分が多いこと、撮影の舞台裏の話など面白く聞くことができた。中でも印象的だったのは以下の話。
- 撮影に必要な瓜(うり)が時期的に不足していて撮影までに間に合わずに、スイカの皮の表面を削って瓜に見立てて活用したというエピソード
- 朝鮮時代、宮殿で行われたお祭りで作られた料理は王宮の中だけで食べられたわけではなく、両班たちを通して下層の人々にも配られたため、大量に作る必要があったという話
90分に渡る料理の権威同士の対談の中で伝えたかったメッセージは、食べ物とは作る人が食べる人のことを考えて作るため、人と人の距離を近づける、対人関係の潤滑油になっているということだったと思う。
ジョン・キョンファさんのサイト
この対談のあとにはユン・ソナとヘリョンという二人の韓国人スターをゲストに迎えてのトークショー。そして帰りにはモランボンと韓国のメーカーが共同開発したキムチや、今CMで流れているチャプチェの素などをお土産にいただいて帰ってきた。
妻が抽選に応募して当たったため参加できたイベントだが、チャングムのドラマが好きな僕にとって、良い思い出になった。
November 11, 2009
August 21, 2009
「統一少女」の「口笛(フィパラム/???)」
この歌は、北朝鮮で古くから著名な詩人の詩にメロディを付けたもので、北朝鮮には珍しく、国の指導者を称えることばが一言も無い、片思いの心を描いた、奇跡的な純愛ラブソング。
そんな歌がどうして日本のカラオケにあるのか?ちなみに今回歌ったカラオケブランドはDAMだ。
歌手名はなんと「統一少女」とある。調べたところ、北朝鮮の飢餓救済広報大使としてピョンヤンを訪問することにもなっていた、チャン・ナラという歌手がこの歌を歌ったのだった。
これはちょっとした驚きだった。韓国でこの歌は一体どれくらい普及され、カラオケで歌われたりしているのだろうか? 興味は尽きない。
北朝鮮の動画 歌詞
May 16, 2009
アレアレア(立川)での演奏〜チャン・ユファに投票してね!
立川(東京都)のアレアレアでは、中のラーメンスクエアでアマチュア・ミュージシャンに演奏をしてもらい、これを投票制のオーディションにしている。
4月14日には僕が一押ししているチャン・ユファが出演し、そのときの15秒の動画も以前紹介したが、アレアレアのグロウイング・ライブ・アワードの投票画面で彼女の歌を聴くことができる。好きな人の歌を動画で聞いて、誰もが投票できるようになっている。重複投票はできない。
ぜひここへ行ってチャン・ユファの歌を聞いてください。良いと思ったら
ぜひココで投票してください!お願いします! (投票画面へ進めば見たい歌手を選択できます)
歌は前の記事のYOUTUBE動画と同じ"Live Your Dream"ですが、伴奏はカヤグムだけです。
May 06, 2009
S.E.S.を応援!
90
年代後半、韓国で一世を風靡した女性3人組ダンスグループ、S.E.S。メンバーのニックネーム、Sea, Eugene, Shooの頭文字を取って付けた、ある意味安易なグループ名だが、このグループは凄かった。
アイドル的な意味でルックスもスタイルも抜群(特にEugene)なのは当然だが、彼女たちの踊りながら歌うスタイルはそれまで男性スターしかチャートを賑わせていなかった韓国のヒットチャートを駆け上り国中を熱狂させた。(Roo'ra等のラップ・ヒップホップグループのボーカリストは除く)なんと当時の金大中大統領と一緒にCMにも出演したほどだ。
その後、F'inkleなどの女性グループがどんどん登場し、韓国のヒットパレードの歴史を塗り替えた。
彼女らは3人組だが、60年代の女性3人組のパイオニア、シュープリームスとか、日本のキャンディーズやドイツのアラベスクとは一味も二味も違う。
メインボーカルはSea(バダ:海の意味)で、まず彼女のボーカルがずば抜けている。歌唱力は韓国内の女性歌手の中でもトップクラスだろう。声はアラベスクのサンドラと少し似ているが、カバーガールズのShow Meにより近いボーカルだと常々思っていた。
Eugene(ユジン)とShoo(シュー)の声はとても可愛い。ボーカル面では上手さ、カッコ良さ、そして可愛さを融合させた魅力がある。三人のハーモニーで聞かせるよりは順番に歌いつないでいくスタイル。一番大事なところ、難しいところであるサビの部分は主にSeaの役目で、他の二人がそのお膳立てをしていくという感じ。
ダンスに関して僕はあまり興味無いが、たとえるならBoAが3人いる感じだろうか。
BoAも長年日本でも活躍し、多くの日本人に愛されているが、その下地を作ったのは韓流ブームに火がつく前に日本で活動したS.E.Sであると言っても間違いないだろう。
僕がアメリカ留学行く前からリアルタイムでCDを買うくらいしかできなかったが、応援していた。
最近は3人ともそれぞれソロで活躍しているようだ。Shooは神奈川県出身の在日コリアン。ここ数年あまりニュースを聞かないがどうしているのだろう?
Sea(パダ)は去年の暮れから今年の始めにかけてミュージカル「美女はつらいよ」に(原作は日本の漫画)に主演クラスで出演し、その歌唱力が高く評価されている。そのムービーをYoutubeで見つけたので紹介する。得意なはずの高音域でちょっと無理しているように聞こえるが、喉が疲れ気味なのだろうか。少し心配だ。
ここ数年韓国へ何度も行ってるが、S.E.Sのことを意識したことはほとんど無かった。彼女らももう30代に近づいている。と考えると何だか身近に思えてくる。今後はもしかしたら韓国で彼女らとどこかで会えることを今後期待したいものだ。特にShooは日本国内でも会えるかもしれないのだから。これから改めて応援していきたいと思う。
その一環ではないが、S.E.Sの紹介ページを5年ぶりに更新した。ここを見てね。また、S.E.SのCDをヤフオクに出してます。ここで見てね。
May 04, 2009
フォークルの新結成記念解散音楽會
ちょうどそのとき、2001年から2002年にかけては、映画「パッチギ !
この映画でもエンディングで使われた「あの素晴らしい愛をもう一度」を歌詞カードを見ながら歌い始めたらなぜか涙が流れそうになりまともに歌えなくなってしまった。どうしてか分からない。この歌が「イムジン河」に続いて演奏されたので、「パッチギ」を見て涙を流したときを思い出しての涙だったのかもしれない。
「あの素晴らしい愛をもう一度」は先の「戦争と平和」にも新録音で収録されていて、素朴だが悲しい内容である。その内容に合わないくらい元気で弾けるギター3重奏(?)が逆に悲しさを際立たせる。そのマジックにはまったのかもしれない。
絶対に歌詞の内容で涙が出たとは思わないが、もしかしたら潜在意識の中で今韓国に留学中の妻を恋しがっていたのかもしれない。
ところでこのライブアルバムで「イムジン河」は二回演奏される。一回目は普通に、最後近くに歌われた二回目は韓国語に訳した歌詞を一番にして、三番には新たな解釈の訳詩を付けて歌ったが、そのときの曲紹介が良かった。
北と南を分断する心の中の河だが、日本と朝鮮半島の間にも流れ、また、私たちの間にも、世界のどこへ行ってもなかなか渡れないイムジン河があるといった趣旨の内容だった。
忌野清志郎さんが若くして亡くなられたが、彼のレコードが発売禁止になるよりずっと前に発売禁止になったこのイムジン河、ライブ動画を見つけたので見てください。フォークル最後の「イムジン河」です。
April 24, 2009
韓国版セカチュウ、「僕の、世界の中心は、君だ」
今日は「世界の中心で世界を叫ぶ」の韓国版リメイクの「僕の、世界の中心は、君だ
主演は昨晩の「僕の彼女を紹介します」の最後にチョイ役で登場したチャ・テヒョン。彼の出世作だったと思う。ヒロイン役は「オール・イン」のソン・ヘギョ。彼女の初の映画出演だった。
2005年に韓国で大ヒット。翌年日本でも公開され、このような邦題が付いたが、原題を直訳すると、なんと「波浪注意報」。全然イメージが浮かんで来ないね。確かに台風が重要な役割をしているが。ついでにポスターに出ている他の句は、「初恋が始まる信号」、「初恋は...初雪が二人だけにだけ降る軌跡のようなこと」。ポスターのソン・ヘギョの顔も何だか引き攣って見える。このポスターでは内容は読めないね。日本公開時のポスターの方がイメージが伝わってくる。
この映画、実は以前夫婦でDVDを借りてみた。でも覚えていたのは終盤に出てくる台風の中の港の待合室。大筋はもう分かっているつもりだったが、ほとんど初めて見るようにときめきながら見ることができた。
この映画でソン・ヘギョのセーラー服っぽい学生服のフレッシュな美貌を充分に堪能させて頂いたが、それよりも魅力的だったのは彼女の声と話し方。なんと美しいのだろう。内容はどうであれ、耳を澄まして集中させる魅力を彼女の声は持っている。以前、ドラマ「オール・イン」を見たときには日本語の吹き替えで見たので、彼女の声は分からなかった。ソン・ヘギョは声もチャームポイントだね。
この映画で、チャ・テヒョンが平井堅の「瞳を閉じて」を韓国語でカバーした。しかし、韓国内での公開では披露されなかった。日本公開時に限定して挿入されたという。でも、今回のオンエアでは聞くことができなかった。日
本版のサントラでしか聞けない代物。
チャ・テヒョンについては、去年僕がソウルに行ったとき、彼とハ・ジウォン(ドラマ「ファンジニ」の主演女優)と共演した「パーボ」(日本でも定着してきた「おばか」の意味)を見に行ったが、そのときに舞台挨拶を見ることができた。チャ・テヒョン、ハ・ジウォンを直に見ることができて良かった。その映画は僕は気に入ったが、日本では公開されていないと思う。
そういえば、ソン・ヘギョは映画版の「ファン・ジニ」の主演をしている。チャ・テヒョンは二人のファンジニと共演したってことだな。玉代はさぞ高かったであろう。
April 23, 2009
韓国映画「僕の彼女を紹介します」
この映画、「猟奇的な彼女 」で見せたのと同じような男勝りのキャラをチョン・ジヒョンが演じているが、勇ましいときと可愛いときのギャップが大きくてたまらない。ひょんなことから、誤逮捕してしまった男と二人で手錠の片方ずつをはめた状態でまましばらく一緒に過ごすうちに、互いに惹かれあい、付き合うことになるのだが、二人で一緒に洗面所で顔や足を洗う場面は傑作だ。
タイトルの「僕の彼女を紹介します 」というセリフは、最後の方にやっと出てくる。
その場面に前作「猟奇的な彼女 」での相手役、チャ・テヒョンがチョイ役で出ていたのには笑えた。
全編を通して、主人公たちの愛の深さについて、恋人のジョンウが不慮の死を遂げた後も一途にジョンウのことを思う主人公・ギョンジンの姿に心を打たれた。ギョンジンは、ジョンウを自分が撃ち殺してしまった(?)自責の念に悩まされて何度も死のうとするが、風になったジョンウが助ける。
これを見て思ったのは、人間いつ死ぬか分からない。夫婦、家族に自分が死んでから、或いは家族の誰かが死んでから後悔しなくて良いように、今のうちに人を思う存分愛して、やりたいこと、やるべきことをしないといけないということ。何だか心が洗われた。純粋に泣けた映画でした。
ところで、この音楽、X-JAPANの歌がテーマソングとなり話題だったが、その他にも、Bob Dylanの"Knocking On Heaven's Door"(天国の扉)のカバーと、Jackson BrowneやThe Holliesのカバーで有名な、"Stay"(ステイ)のオリジナルが何度も流れて良い味を出していた。前者は元々保安官も出てくるアメリカ映画、"Pat Garrett & Billy the Kid "の主題歌であったので、この映画でもしっくりと来た。映画冒頭のシーンで、空から撮ったようなソウルの夜景の中でこの曲のイントロが流れてくるところはなかなか格好良い始まり方だな、と思った。








