大連

March 18, 2010

高校無償化に朝鮮高校を含めるべきか除外すべきか考えるときに読んでもらいたい 2

前のブロガーさんのMIXI日記にコメントされた内容。こちらもまた転載なので、MIXIに加入していない人にも読めるように、前回同様に転載する。

中国・大連でも日本人学校があり、そこで学ばれた方が「日韓百年市民ネット」のMLに次のように書いてありました。

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わたしは、敗戦後4年間、現在の中国東北部の都市大連ですごしましたが、あとのほぼ3年間は「大連日僑学校」という名の学校に通っていました。「日僑」という呼び名に違和を感じるひとがたぶんいるでしょうが、「僑」とは居留民のこと。

この学校は、当時、国民党系と共産党系のひとびとが協力しあって、「大日本帝国」の支配から脱しえたばかりの大連市を自治的に運営するために、ソ連占領軍当局の了解のもとに、創設した大連市政府から、日本人総引揚ののちも大連に「残留」して、その知識や技術を中国人に伝えてほしいと要請された技術者・研究者の子供たちの教育機関として、大連市政府から設立を許可されたものです。

日本人技術者研究者がなぜ残留を要請されたかについては、重要な歴史的要因がからんでいるのですが、ここでは省きます。

この学校の生徒は、したがって、日本人だけでした。教師も日本人。教育に用いられる言語は日本語でした。
その当時、わたしもふくめおおかたの生徒たちはそれを当然のことと思い、なにひとつふしぎには思って
いませんでした。

これが大連市政府の大英断であったのだとわたしが気づいたのは、わたし自身が、たしかまだ東知事の時代だったと思うのですが、東京都が朝鮮人学校を閉鎖しようとしたことに反対してたたかっていたときのことでした。

ひじょうに哀しいことですが、わたしたちのこの民族のなかには、いまだに、在日韓国朝鮮人が自分たちの子供を自分たちの民族の言語で教育することそれ自体を快く思わないひとたちがいます。


これにひきくらべ、あの「大日本帝国」が敗れてまもない時期に、つい先頃まで自分たち中国民族を軽蔑し抑圧してきた日本人たちに対して、その子弟を、自分たちが独自に自分の民族の言語で教育することを許した中国人たちの心のひろさ、大連市政府の(そしてまたソ連占領軍当局の)民族政策の正しさには、いまあらためて脱帽するほかありません。

ことはまぎれもなく単純なのです。

世界中のどの民族も、自分たちの子弟を、自分たちの手で、自分たちの民族の言語を用いて教育する権利をもっています。どのような理由があろうとも、この権利そのものを侵害することはゆるされません。朝鮮高校に対して、どのような意味においても、差別的とりあつかいをしてはならない。

これは、国交があるとかないとか、教育内容がどうとかいったこととはいっさいかかわりがない。

いつになったら、わたしたちのこの民族に属するひとびとは、こういったことが単純で議論の余地のないことであると気がつくのでしょうか?

彦坂 諦
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paul83 at 07:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)