ピョンヤン

March 17, 2010

高校無償化に朝鮮高校を含めるべきか除外すべきか考えるときに読んでもらいたい その1

日本の鳩山政権は高校無償化を決めて実施しようとしたところ何かと政治的な思惑が交錯し、当初対象となっていた外国人学校が含まれないままの開始になってしまった。それというのも朝鮮高校を含めるかどうかの議論で鳩山政権が揺らいでしまったからだ。

日本国民の中には朝鮮学校を快く思わない人々が増えてきているようで、それがこの事態を引き起こしたと思う。色々と書きたいことはあるが、何はともあれ以下の文を読んでほしい。これはMIXIで知り合った方のブログに紹介されていたもの。ある新聞のコラムみたいだ。

1948年、日本では政府が朝鮮学校を閉鎖するための弾圧をかけ、在日同胞が朝鮮学校を守るために戦っていたころ。4月の阪神教育事件が代表的だ。

ちょうどその時期の話だが、この時期に実は朝鮮のピョンヤンに日本人学校があったそうだ。まだ朝鮮は朝鮮で、韓国も北朝鮮も政府が樹立する少し前、その頃の話だ。こちらにも転載させていただく。
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1948年4月19日から23日にかけて、平壌で朝鮮統一政府樹立のための南北諸政党・社会団体連席会議が開かれた。

そのとき南の代表として訪れていた金九の随行記者、金光斉が後に「北朝鮮紀行」という小冊子を発行したが、そこで「平壌日本人学校」という興味深い記事を載せている。

連席会議を終えたある日、市内を散歩していると偶然目にした「平壌日本人学校」の表札。興味津々、校内に入った。

校長は不在で副校長に話しを聞くと創立は1946年12月、学校の財政は北朝鮮人民委員会財政局で負担し、同年の予算は223万7000円。日本人教職員は10人、学生は中学生19人、小学生40人とのことである。

生徒の父母はみな日本人技術者で、彼らは朝鮮人技術者の最高額である5000円が支給され、子供はもとよりみな朝鮮人から差別されることなどないと話した。

ところで同じとき、日本政府は朝鮮学校閉鎖命令を出し、民族教育など認めないと国家権力をもって大々的な弾圧を繰り広げていた(4・24教育闘争)。

「旗を降ろせ/写真を掲げるな/朝鮮語をしゃべるな!」と。

高校無償化「適用除外」ですか、そもそも論で言うなら、日本政府は民族教育を積極的に保証すべき歴史的・道義的義務があるのですよ。(宣)

「朝鮮商工新聞」(3月16・23日付)から

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paul83 at 23:36|PermalinkComments(1)TrackBack(1)