コンサート

September 23, 2019

デビュー41周年の八神純子

八神純子@エニスホール 野木

Yagami NogiYagami Sign

八神純子
僕が中高生の頃、日本のポップミュージックはゴダイゴを中心に男性ロック歌手の曲を主に楽しんでいたが、八神純子という女性歌手、シンガーソングライターは同じ頃に人気を博した女性歌手の中でも特に気に入って、よく聞いていた。彼女の歌声は素晴らしい高音が出て、しかもセクシーなのだ。当時から現在まで、僕が知る女性歌手の中では世界一魅力的な歌声の持ち主だと思っている。八神純子の声が世界一だから、どんな曲を歌っても名曲に聞こえてしまうのだ!

2008年の過去記事:



八神純子はこれまでもたびたびテレビ出演していて、その映像をYOUTUBEで見たり、他の新しい音源を聞いたりしてきたが、歌声の劣化がほとんどないことにとても驚嘆していた。そんな彼女も61歳。還暦を越えてどれだけしっかり歌えるか、とても興味深かった。

前もって、2017年のライブ音源がSPOTIFYで聞けるので聞いてみたが、しっかりした高音を維持しながらも少し不安を感じる歌声に聞こえたのだ。This Is The ヤガ祭り@Spotify 

実は八神純子、今年8月に新曲をリリースしている。タイトルは “Here We Go”で、今回のコンサートのタイトルにもなっている。こちらは正式音源が SPOTIFY などのストリーミングサイトで聞けるようになっているので、ぜひ聞いてほしい。



コンサート
そんな彼女が僕が住んでいるところの隣町、栃木県野木町のエニスホールでコンサートを開くというので、妻の提案を受けて前売り券を買って一緒に見に行ってきた。昨日のことである。冒頭述べたような事前復習、予習をした上で挑んだコンサート鑑賞だった。

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コンサートで、彼女の声は、最高だった!先に紹介した最近のライブ音源より遥かに安定した美声を堪能することができた。彼女曰く、若い頃には出せなかった声を出せるようになったということで、これにはびっくりだった。

前半1時間、休憩を挟んで後半1時間、そしてアンコール2曲と、2時間半のフル・コンサート。バッキングはキーボード、ドラムス、ギターの3人に、本人のエレキピアノというシンプルな構成。ベースの音を誰が出しているのか分からなかったが、演奏の厚みはキーボード・シンセサイザーによって保たれていたと思う。

前半では幻のアルバム、メローカフェや、現在製作中のアルバムからの未発表曲二曲を含め、全盛期のヒット曲としては「ポーラー・スター」「思い出のスクリーン」「思い出は美しすぎて」が歌われた。ほぼシングルレコードと変わらない歌声で聞かせてくれた。

後半は、オープニングにご当地名を入れた曲を歌った後、「みずいろの雨」「Mr. ブルー~私の地球」「パープル・タウン〜You Oughta Know By Now」というヒットパレード、更に 「Take A Chance」「Rising」とノリのいい定番曲を続け、ほぼ満席状態の会場は総立ち!僕の年齢層から、その上の人たちがほとんどだが、大いに盛り上がった。

最後はタイトル曲、「Here We Go」で締めくくり。

東日本大震災被災地支援と「一年と十秒の交換」
他には、1985年発曲で、当時の南アフリカのアパルトヘイト政策を批判して作られた「ジョナネス・バーグ(ヨハネスブルグ)」や、東日本大震災のときに宮城県女川町への支援活動の間に作られた「1年と10秒の交換」など、メッセージ性の高い曲が歌われたのは嬉しかった。

八神純子は震災後に毎年のように女川町などの東北地方を訪ねて被災者支援活動を行っている。「1年と10秒の交換」という曲は、女川町で旅館を経営していた両親を津波で失い、旅館の後を継いだ娘の話を基にしてできた。その娘さんはその旅館の後を継いで行く気持ちを強く持っていたが、そのことを両親に言うことができなかった。その理由は、いつでも言えるからと思っていたから。まさか、こんな形で両親を失うとは誰も想像できないだろう。その娘さんはそのことを両親に伝えられなかったことをとても悔やんでいたという。それで、自分の1年を神様にあげるから、10秒でいいから両親に会ってその一言を伝えたいというその娘さんの願いを歌にした。八神純子はこの話を聞いて、人に伝えたいことがあったら、しまっておかずにその場ですぐに言うことにしたのだそうだ。

アンコール
アンコールは「Mr. メトロポリス」。これは僕がかつてFM放送をテープに録音してよく聞いたライブ音源に含まれていたので、とても懐かしかった。このあと、バンドメンバーはステージを去り、最後に一人、ピアノの弾き語りで「明日の風」。2時間歌い続けた最後が、歌唱力が最も要求される弾き語りだなんて、なんという自信だろうか。

彼女はトークの中で、年を取ればとるほど、より心は燃えてくると言った。年をとったから、穏やかな歌を好んで歌うとか、バラードばかり歌うとか、そんなものではなく、熱く歌い続けたいという、そんなことばを実証した、熱いステージであった。60歳を超えて、まだまだ発展し続ける八神純子を見た。熱心なボイストレーニングと、演奏、作曲活動を続けて、懐メロ歌手ではない現在進行形のシンガーソングライター、八神純子の、僕は元ファンみたいな感じだったが、これを機会に、またファンになって応援しようと思った。

このコンサートの後、予定がなければCDを買ってサイン会に参加できたのに、これも運命。久しぶりに夫婦一緒に楽しい時間を過ごすことができた。ありがとう、ジュンコさん!

ちなみに、このような人気歌手のフル・コンサートは1999年のゴダイゴ期間限定再結成時の大宮ソニックシティ公演以来、20年振りであり、これで僕の全てである。

最後にテレビで2011年くらいに放映されたヒットメドレー!八神純子入門編動画!



paul83 at 14:38|PermalinkComments(0)

January 14, 2012

ゴダイゴの珍しい動画を見つけたよ!

ゴダイゴの Close Ups〜Deep Redにほんブログ村 音楽ブログへ

今日、たった今面白い動画を見つけた。ゴダイゴのコンサートの模様だ。曲はアルバムOur Decade/ 僕らの時代 というアルバムの収録曲でヒット曲ではない。前編英語で歌われる、社会問題を扱った一種のトピカルソング。いつかの24時間テレビの深夜年越しライブでも演奏された演目だ。Close UpsDeep Red のメドレー。アルバムでもメドレーになっている曲だが、Close Ups の間奏がかなり長く、けっこうインスト・ロックを楽しめる構成になっている。

この動画の何が面白いかというと、これがなんとハワイ生まれのハーフ、ベーシストのスティーブ・フォックスがキリスト教の宣教師になるために脱退した後であるとともに、シルクロードの旅の後の初の東京都内でのライブだと言うこと。まだスティーブの後任、吉沢が加入する前の4人によるコンサートで、ベースはセッション・ミュージシャンを起用してのコンサートだった。

ゴダイゴ・ホーンズはまだ健在だが、スティーブの低音部分の ”Watching those"という歌詞をタケカワユキヒデが自分で歌ってるところが哀愁をさそう。

ぜひこの動画を見て英語学習者は英語リスニングで意味を取って頂きたい。ゴダイゴファンの方は、どうかこの記事をいろんな人に紹介して頂きたい。

OUR DECADE

paul83 at 23:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 29, 2008

石川さゆりと能登半島5

70年代初めのホリプロ3人娘というのは山口百恵森昌子ともう一人はだれでしょう? 答えは、石川さゆりです。 

最初はこの3人を3人娘として売り出したのだが、石川がヒットに恵まれなかったのでいつの間にやら桜田純子と入れ替わり、スタ誕3人娘と呼ばれたそうだ。 これは石川さゆり自身がコンサートで言ったことだから本当なのだろう。

石川さゆりは14歳のときに「かくれんぼ」というシングルでデビュー。山口と同期・同年齢だった。でもヒットに恵まれなかった。5年目、15枚目のシングルとしてヒットしたのが「津軽海峡冬景色」。こちらは知らない人はいない程に演歌のスタンダードと化した。1977年日本レコード大賞「歌唱賞」を受賞し、NHKの紅白歌合戦にも初出場。この歌を作詞した故・阿久悠さんは大喜びで、石川に言ったそうだ。「次は故郷に錦を飾れる歌を作ってあげるからな!」と。それでもらった歌詞のタイトルが「能登半島」石川さゆり言は「これは違う」と心で思いながらも、何も言えずに一生懸命練習しての連続ヒット。彼女いわく、私の故郷を石川県と間違えたのではないか、とさ。 彼女の故郷、熊本県の歌は翌年の「火の国へ」まで待つこととなった。

現在石川さゆりは、「石川さゆり物語」と題して、自身の歴史を物語として語りながらヒット曲を年代順に歌うスタイルでコンサート活動中!「かくれんぼ」など初期の不遇時代のシングル曲もメドレーで聞けます。もちろん、最新ヒットの「肥後の盆唄」も聞けます。

石川さゆり@アマゾン



paul83 at 09:00|PermalinkComments(0)TrackBack(1)