May 2007

May 09, 2007

スロットマシーンで遊んでね!5

面白いスロットマシーン発見! 同じ色のノートPCが3つ揃うとどうなるか!

それはやってみてのお楽しみだよ!

 



paul83 at 01:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0) パソコン 

May 06, 2007

ヤクルト久々の快勝/メジャー帰りリレー4

今日帰宅して、巨人対ヤクルトの試合をテレビで見ることが出来た。8回のヤクルトの攻撃からだったが、2−0でヤクルトが勝っていた。最近のスワローズは弱くて、試合をテレビで見ると大抵負け試合だ。しかし、今日は僅差だが勝っている。それもアメリカ帰りの石井一久がここまで完封している。 驚きだった。

特に今年の石井は、出る度に滅多打ちというイメージがあったので、とても嬉しかった。その要因は、全盛期のようにスピードボールで押していたからだと言う。

しかし、8回の裏、巨人はヤクルトの守備の悪さも手伝って、谷のタイムリーで1点を返した。2−1だ!

僕がTV中継を見たときのヤクルトの勝率は非常に低い。 勝ってる試合もビール片手に応援しているうちに逆転されてしまうのだ。

最終回、抑えに登場したのは高津。今シーズンの高津、今までに2セーブを上げているが、この一点差を守りきれそうに見えない。しかし、持ち前の大胆さで、どうにか3人で片付けた。 久々の快勝に、I FEEL FINE! それもメジャー帰りの二人のリレーでの勝利は、話題になると思うのだけれど、明日のスポーツ新聞はどんな見出しになるか楽しみだ。

恐らく、石井、高津の活躍よりも、巨人の高橋尚則惜しかった、とか、巨人同カード3連勝ならず!とか、こんな見出しになるんだろうな。

それにしても今シーズンのヤクルトはなぜこんなに戦力不足なんだろう? 五十嵐と石井の中継ぎ-抑えのコンビはどこへ行った? ゴンザレスは? 坂元は?川島は? なぜあんなによく打つ真中は先発メンバーじゃないの? 青木がいて、ラミレスが好調なのに勝てないのはやはり投手陣が問題だろう。

しかし僕は信じる、昨年のように今シーズンもセパ交流戦ではずば抜けた強さを見せてくれるであろうことを。



paul83 at 21:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 野球 | 日記

王貞治監督は台湾人、ということで思い出したこと

王貞治現ソフトバンクホークス監督は、日本が世界に誇っている史上最高のプロ野球選手だ。 その王監督は台湾国籍を持つ外国人なのだ。 僕は監督は選手時代にすでに日本人に帰化したものと漠然と思っていた。

しかし、昨日放映された昭和52年(王選手が世界記録である756本のホームランの打った年)をテーマにしたテレビ番組で、鳥越さんがそのことを少し述べたので、気になって調べてみた。

すると、このページを見つけた。 このサイトによると、王監督は幼い頃、第二次世界大戦の終盤に一時的に5年間だけ日本国籍を持ったことがあるが、戦後すぐに中国国籍を取得し、後に中華民国(台湾)国籍所持者となった。

王貞治さんは早稲田実業高校時代に投手として参加し、優勝した。しかし、その年の国体には参加できなかった。それはさんが日本国民ではなく中国人であったからだ。 その王選手が世界一のホームラン王になると日本国は手を翻したように国民栄誉賞を与えたのだ。

王選手は僕がプロ野球に興味を持つようになった1976年ごろに憧れていた選手で、そのときには長島茂雄さんは引退して監督になりたてで最下位になったが、ひとまずは巨人ファンとしてプロ野球を楽しんでいた。プロ野球スナックでカードを集めたりしたものだ。 

そんな中で王選手の名前からして日本人ではなく中国人だと子供心にも思っていたのだが、テレビ中継でも、新聞記事でも、どこにも彼が中国人だと公に言う人がいなかったので、もう日本人になったのかな?、と思っていたのだ。 

しかし、実は王監督は、元日本人であった奥様と子息の皆さんまで、現在も中国(台湾)国籍なのだそうだ。彼の現役時代には外国人選手の登録は一チーム二人までという制限があったのだが、王選手は外国人選手として登録されていたのだろうか?王選手以外に2人の外国人がいたような気がするのだが。 (そう言えば当時3番を打っていた張本勲氏も元々は韓国人だ)

このことを知って思い出すことがある。それは、僕が茨城の朝鮮学校で小学校4年生まで同じ教室で学んだY君のことだ。 彼は高校時代に読売巨人軍に入団したくてテストを受けた。 当時は彼の学校の軟式野球部が出来たてだった頃で、弱小チームだったと記憶しているが、その中でひたすら練習を続けたY君は巨人軍の入団テストで優秀な結果を残した。 

巨人軍入団はほぼ確実視されたのだが、読売ジャイアンツは彼を入団させる条件として、日本人に帰化することを要求したのだ。 それを断固拒否したY君は入団を断念した。 この話は今でも在日コリアン、朝鮮学校卒業生の伝説として語り継がれている。 そのY君は、日本のプロサッカー、Jリーグトレーナーとして、日本と韓国を股に掛けて活躍している。

この違いは何なのだろう?
新しい韓国旅行のスタイル新提言 韓国ソウルプチホームステイ4日間



paul83 at 09:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 野球 | Korean

May 05, 2007

英語のことわざ一日一句5

携帯のメルマガを発行することにした。 タイトルは「英語ことわざ一日一句」"A Proverb A Day"
タイトルどおりに英語のことわざを題材にしたものだ。
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paul83 at 11:27|PermalinkComments(1)TrackBack(1) 英語 | 英語のことわざ

May 01, 2007

ドキュメンタリー映画「ウリハッキョ」IN ソウル5

myongdong_cqn韓国のソウルでウリハッキョという映画を見た。韓国人の映画監督キム・ミョンジュン氏が北海道の朝鮮学校を3年間取材して作ったドキュメンタリー映画だ。

舞台は北海道朝鮮初中高級学校

北海道朝鮮初中高級学校は、日本学校で言えば小学校から高校までの一貫教育を実施しているのと同じである。小学一年生で入学すると、12年間同じクラスで勉強して卒業していくのだ。北海道には一つしかない朝鮮学校であるこの学校には北海道全域から生徒が集まってくるので、遠くの生徒のために寄宿舎がある。多くの生徒たちは小一のときから親元を離れ、寄宿舎でクラスメートたちと生活するのだ。この映画では生徒たちの学校生活とインタビューを中心に3年間のいくつかのエピソードが盛り込まれた。

urihakkyoposter朝鮮学校唯一の日本人教師

前半のクライマックスは日本人のサッカー監督、藤代先生についてだった。藤代先生は、朝鮮学校のサッカー部指導教師との交流を通して朝鮮学校を指導することになった。藤代先生の立派なところは、朝鮮学校の生徒を教えるには朝鮮語で話すべきだという信念を持ち、朝鮮語をマスターしようと努力し、映画中のインタビューでは日本語交じりの在日と同じような朝鮮語で話していた。後には正式に体育の教員になったのだ。朝鮮学校唯一の正式な日本人教師となったのだ

映画の中では、地方予選を勝ち進み、あと一歩のところで敗れてしまった試合後の監督と生徒たちの悔しさがよく現れていて、とても感動的だった。

urihakkyoposter2高級部卒業生の朝鮮への修学旅行

後半のクライマックスは卒業生たちの朝鮮への修学旅行。朝鮮学校の高級部(高校に相当)3年生は修学旅行で朝鮮を訪問する。今は入港できなくなってしまったマンギョンボン92号で訪問するのだ。

このときはマンギョンボン号で訪問できたのだが、「拉致被害者を救う会」の人々が船の前で大々的な反朝鮮抗議運動を展開していて、周囲は警察による厳戒態勢が敷かれていた。生徒たちはこのような波止場にマイクロバスで入り乗船することになるのだが、韓国人であるキム・ミョンジュン監督は入場を自粛せざるをえなかった。

これは生徒たちが乗船する姿を撮影できないということだ。しかし、監督は遠くから船が見えるところを探して、望遠レンズで船上の生徒たちを撮るのである。もう生徒たちの家族同然になった監督を見つけた船首のあたりに集まった生徒たちがみんなで一斉にポーズを取ったり、手を振ったり。とても良いシーンであった。しかし、監督は2年以上同じ民族として何の壁も感じずに親しくなった朝鮮学校の人たちとの分断の壁を初めて感じたのだと云う。

しかし、この監督には抜かりが無く、生徒の一人にビデオカメラを持たせたのだ。その生徒が責任持って祖国訪問の様子を撮影して帰ってくる。当然その様子も映画に出てくる。韓国中の映画館で朝鮮学校の生徒たちが朝鮮で観光を楽しむ姿が映されているのだ。なんと素晴らしいことだろう。

一生を教育に賭したお母さん先生

朝鮮学校はほとんど同胞たちの寄付によって運営されている。(朝鮮学校への寄付は法的に寄付と認められていないので、免税対象とならない)従って、教員たちの収入もそんなに多くない。なので女性の教師は結婚すると止めざるを得ない。そんな中で、結婚後もずっと教師を続けてきたベテラン教師がいた。その先生は、今回の主役生徒たちが高3の時にガンを患っていることが判明した。そのことは誰にも知らせずに、授業を責任を持って遂行する。生徒たちの卒業式が終わるとすぐに病院に運ばれたのだ。そしてしばらくの闘病生活の末に亡くなられてしまう。この先生は正に民族教育に我が身を捧げた、英雄的な教師だったと思う。ご冥福をお祈りします。

学校講堂での結婚式

北海道の朝鮮学校は半分以上の生徒たちとほとんどの教師たちが朝早くから夜遅くまで共に生活する、小さな世界だと言える。この学校の先生方は休むひまも無く働いているので、遊んだり、結婚相手を探したりするのも限られる。

この映画の中でも、教師同士の結婚式が出てくるのだが、結婚式は学校の講堂で執り行われた。朝鮮人は普通結婚式と披露宴を同時に行なう。幸せな主人公たちは同僚教師と生徒たち、それに同胞たちによる手作りの結婚式を行なった。僕の両親も昔、父の職場であった朝鮮学校の講堂で結婚式を行なったのだが、21世紀の現在もこのような結婚式が行なわれているのには驚いた。

こんなに感動的なドキュメンタリー映画は初めて見たような気がする。実は、僕も3月まで2年間、ある民族学校で働いていて、4月に辞めたばかりだった。そんな僕が韓国へ来てこの映画を見ることになったのは、何か運命的なものを感じた。この映画はまだ日本では公開されていない。何箇所かで上映会が行われたくらいだ。大阪の朝鮮学校で上映会があり、キム・ミョンジュン監督が挨拶されたそうだが東京ではまだのようで、近々千葉で上映会があると聞いた。

この映画、在日同胞が見ると必ず感動する。しかし、日本国民が見たらどうなのだろう?ぜひ多くの善良な日本人の皆様に素直な気持ちでご覧戴きたいと思う。



paul83 at 01:31|PermalinkComments(4)TrackBack(1) Korean | 映画