August 21, 2005

Air Supply 続報3

前の記事のあと、更によく調べてみたら、どうやらこれはエアサプライのカバーバージョンのような気がしてきた。 本人たちが歌っていたら必ずホームページで紹介するはずだから。

彼らのホームページでライブ盤の試聴ができたので聞いてみたら、僕がライブで聴いたときよりは声が太くなっていたが、従来の声なのが確認できた。

このCDを紹介していた、ある 中国語のサイトにこのように紹介されていたが、どんな意味なのかわからない。

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專輯名稱:空中補給 / 世紀典藏情歌精選

專輯簡介:
  澳洲輝煌雙人團體-空中補給Air Supply 成軍30年曠世紀念唱盤 完整收錄,一次出輯。

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6d945f37.jpgこの意味がわかる人、いたら教えて欲しいな。

paul83 at 22:52|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 音楽 

エアサプライ結成30周年記念盤、ファンにはショッキング!3

 台湾で旅行中に何箇所かCDショップを回ったが、僕の目にチラチラ現れては興味を引いたものがあった。 中国語で「空中補給合唱団」と呼ばれる、Air Supplyエアサプライ)のアルバムだ。

2b8943f6.jpg最後の自由行動の日にCDが安くて有名なお店へ行って、そのCDを見てみた。 曲目は、前半は彼らのオリジナルヒット曲で占められ、中ほどに彼らがこれまでカバーした、"Witout You" などの数曲が並び、その後にはなんと、Simon & Garfunkel(サイモンとガーファンクル)の名曲を5曲もカバーしていた。 それに興味が沸いたのと、日本円にして700円前後という価格につられて購入した。

日本に帰ってきてから聞いたのだが、第一曲目、"All Out Of Love" を聞いて衝撃を受けた。 声が違うのだ!

エアサプライといえば、ハイトーンボーカル・デュオとして有名だが、特にラッセル・ヒッチコックの女性のような美声が特にウリで、「ペパーミントサウンド」と形容され、80年代前半に多くのバラード・ヒット曲を放った、当時はとても個性的なバンドだった。

しかし、90年代も後半に入るとラッセルのボーカルも褪せてきて、僕がコンサートを見た1999年には、高音部でかなり無理をしている印象を受けた。 その時期前後に発表されたアルバムでは、ラッセルのボーカルの割合が減り、グレアムのボーカルが中心になっていた。ラッセルのパートもあまり高音ではなかった。

そして今年録音されて発売されたと思われる今回のCDでは、ラッセルの声は昔の面影をかすかに留めつつ、かなりグレアムのそれと似てきていた。 それでも往年の名曲をオリジナルのキーで歌い切っているのには驚いた。声はしっかり出るのだが、その声が変わってしまったようだ。 バラードよりもロックバンドが似合いそうなハスキーボイスだ。

演奏はほとんどオリジナルと一緒。 しかし、オリジナル盤を超えることは絶対にないと思う。 彼らはどうしてわざわざこんなCDを録音したのだろう? 30年目の自分たちを見てくれ、ということなのだろうか。 「今の自分たちはこの程度です」と、告白するために新たにレコーディングしたのだろうか。 

 

サイモンとガーファンクルをカバーしたのは、これからはラッセルの声には期待せずに、サイモンとガーファンクル並のフォーク・デュオとして活躍したいので、そこに期待して欲しいというメッセージだと受け止めたい。 S&Gのカバーも、オリジナルに忠実に再現されていて、なかなか良い味を出している。 ただ、どこがラッセルでどれがグレアムなのか、区別しづらいのが玉に瑕

ひとつだけこのアルバムに疑問を抱いている。 このアルバム、アマゾンでは探せないし、彼らのホームページでも紹介されていない。 台湾でしか売ってないのだろうか?  台湾のこのサイトで紹介されている。

自分たちの現在を公表し、もう以前のようにするのは無理だと開き直り、新たな道を模索する、彼らのミュージシャン魂に拍手を送りたい。



paul83 at 17:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 音楽 

August 11, 2005

和田アキ子さんの告白!4

今日は図書館で週刊文春を読んだ。 そこには和田アキ子のインタビュー関係の記事が出ていた。

インタビューの冒頭が、朝鮮半島出身だという自己の出自であった。 彼女の生い立ちから家族との関係にまで具体的に告白されていた。

和田アキ子が在日朝鮮人だということは僕らの間では公然の事実であったが、そのような芸能人はたくさんいるので、別になんとも思っていなかった。 しかし、彼女がここでそのことを明らかにしたのには驚いた。 父親は斉州道、母親は慶尚道出身のれっきとしたコリアン一世。 彼女は完全な在日コリアン2世で、本名は金福子というらしい。 通名は金海[カネウミ]という姓を名乗っていたというが、金海<キムヘ>とはコリアの地名で、数ある金氏の中でも大きな一族の名前でもある。

彼女曰く、今まで自分の出自を隠そうとしたことはなく、ただ誰もそれについて聞いてくれなかったといっている。 芸能界の女帝になった彼女に、タブーと思われるような出自は、誰も訊く勇気がなかったのではないか。

僕はこの記事を読んで、彼女を見直した。 応援していきたいと思う。



paul83 at 18:43|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 日記 | 音楽

August 08, 2005

プロテストソング・トピカルソングの傑作集4

cdc8835d.gifプロテストソング・トピカルソングとは?

僕はCD収集を長い間続けてきた。英語学習の手段として、というのを口実にし、英米、カナダ、ジャマイカ、など、英語圏の歌手の歌を聴いている。

特に、社会的なテーマを持った歌。 主に反戦平和の主張を込めた歌などを楽しんでいる。 これらを「プロテストソング」、「トピカルソング」という。

60年代は Bob Dylanがプロテストソングの王様としてもてはやされた。 彼の「戦争の親玉」なんて最高傑作だといえるのではないかと思う。

日本では忌野清志朗や、中川敬などが、プロテストソングを発表して頑張っているが、日本のシンガーはあまりこんな歌は歌わないし、社会もあまり受け入れてくれない。 長渕剛「静かなるアフガン」に対してもネット上で様々なバッシングがあったことには閉口した。

周りには同じような趣味を持つ人がいないので寂しいが、今回ある人のホームページを譲り受けてリニューアルした。 「プロテストソング・トピカルソングの傑作集」だ。

英米・日韓の有名な曲を集めた。 今回のリニューアルに伴い、ブルーハーツやさだまさしなど、日本語の名曲を追加した。 今、終戦の日を迎え、終戦記念日が間近でもあり、多くの皆さんに訪問して欲しいと思い、ここに発表した。



paul83 at 20:31|PermalinkComments(1)TrackBack(0) ホームページ | 音楽

April 02, 2005

マライア・MIMI・キャリー?

あの米国ポピュラー史上最高の女性シンガー、マライア・キャリーNew Album ニュー・アルバムマライア・キャリー CD【MIMI】初回盤■送料無料(3/30発売)を発売した。いつものように日本先行発売だ。本国より2週間近くも早い。アルバムジャケットも日本独自のようだ。ネットでは期間限定で全曲試聴可能にしていたそうだ。

来日のニュースをテレビで見て新譜のことを初めて知った。MIMIとは、彼女の愛称だそうだ。

偶然だが、最近彼女の既発アルバム、"#Ones"◆マライア・キャリー 〜シングル・ベスト・コレクション〜 "Daydream" "Rainbow" を久しぶりにポータブルCDで聞いていて、次のアルバムはいつだろう、って思っていたところだった。このアルバムも早く買って聞いてみたいと思う。

これに合わせて、ホームページを更新した。

paul83 at 09:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ホームページ 

March 22, 2005

ブラザーフッドのメッセージ

Brotherhood昨晩は引越しのあと初めて夫婦でのビデオ鑑賞会となった。

家から歩いて45秒のところにあるビデオレンタル屋さんに入会してかりたのは韓国映画のブラザーフッド。以前から見たいと思っていた作品だ。日本語吹き替え版しかなかったが、見ることにした。

この映画は、朝鮮戦争を舞台にしている。同族どうしで殺しあった悲劇の戦争。

兄弟が主人公だが、二人で徴兵されることになり、兄は弟を兵役から開放し、大学で勉強ができるようにするために、一生懸命に戦いに参加し、英雄として表彰されることになるが、弟が殺されると、北側へ行ってしまった。

実は弟はどうにか生き延びていて、最後は兄弟が敵同士になり戦場でまみえることになる。

この映画を通し、朝鮮戦争がどんなに悲劇的な戦争だったのか、よく分った。

北朝鮮の映画では、朝鮮戦争の敵はいつもアメリカ軍で、韓国軍は所詮米軍の手下であると同時に、同族として裏切り者という立場で描かれる。そこで強調されるのは、常に米軍がどんなに残酷なことをしたか、とうことと、朝鮮人民軍がどんなに勇敢に命がけで戦ったか、ということだ。その上で反米思想を植付け、士気を高める役割を果たす宣伝物であると思う。

それに比べて「ブラザーフッド」は、戦争自体の愚かさと悲惨さを強調した、ハリウッドの7月4日に生まれて以降、一貫して続いている方向性に沿ったメッセージを伝える作品だと思った。

この映画が教えてくれたことは、同族同士の殺し合いとは、突き詰めれば兄弟同士の殺し合いに集約されるという訳だ。
このような悲しみは、そのようなことを近代に未経験である日本人には到底理解できないだろうと思う。現在韓国のロ大統領と、朝鮮のキム総書記が歩調を合わせるように、いくつかの問題で日本を攻撃しているのは、このような悲劇を味わった民族としては十分に理解できることだと思う。韓国と朝鮮は敵対しているとしても、所詮同じ民族なのだ。両国にとって、日本は同じく、かつての支配者で、敵なのだ。

こんなときに、僕ら在日は憂鬱になる。僕らの一応の本国である朝鮮半島の二国は、在日のことなぞ何とも思っていないのだ。それが寂しい。

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paul83 at 23:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

March 14, 2005

ゴダイゴのサイトを作ったよ! その他更新情報!5

今日はホームページを色々と更新した。 ひとつ目は、僕が大好きだった日本人バンドGODIEGOのホームページを立ち上げた。 僕の「英語楽習室」はインフォシークの無料ホームページサービスを使用しているが、IDを godiego で登録したのだ。だから、いずれゴダイゴのホームページを作ろうと常々思っていた。これは、以前から「僕が好きなミュージシャン」で紹介していたページをホームページとして独立させたもの。掲示板も設置した。 ゴダイゴの足跡がわかったり、アルバムを購入できたり、それなりの内容はあると思う。今後も少しずつアップデートしていきたい。 ゴダイゴ@アマゾン 二番目は、ショッピングページにソフトウェアページを作った。ここではアマゾンを通してソフトを購入できる。今回は英語学習とハングル関係の売れ筋のソフトを紹介してみた。 三番目は、キム・ハノのページで、東京大空襲を振り返って書いたエッセー、「ああ、3月10日」の改定版を、彼のブログから転載した。 以上。 多くの人に見てもらえたら嬉しいな。

paul83 at 18:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ホームページ | ゴダイゴGODIEGO

March 10, 2005

父の65年ぶりの同窓会

木曜日はほぼ丸一日、父に付き添った。

以前からお願いされていたのだが、江戸川区の新小岩で父の小学校の同窓会があり、そこに一緒に参加することになった。

3月10日は東京大空襲の日であり、同じくその日に犠牲になった、多くの旧友たちの命日でもあったのだ。父はこの日のためにエッセーを書いた。「ああ、3月10日!」というタイトルで、大空襲当日の様子を表現していた。これは、父のブログに現在トップ位置に掲載されている。

この同窓会はとても画期的だった。なぜならば、父は自分の小学校の同級生はひとり残らずすでに亡くなったと思っていたからだ。昨年、その学校の校長先生と会い、まだ元気な同級生が残っていると知り、今回の同窓会参加となった。なんと、64年ぶりの再会だそうだ。

父はもう年齢がもうすぐ77歳になる。最近はほとんど家の中にこもりっきりで、執筆活動や、趣味を楽しんでいるので、足腰が弱ってしまって、ひとりで遠出するのはとても大変なことだ。バスと電車で片道合計2時間の道のりだ。ということで、僕が付き添うことになった。

待ち合わせ時間より少し早めに新小岩駅に着くと、もう何人かの父の同級生が集まっていて、劇的な再会が僕の目の前で繰り広げられた。

皆さん、僕の親父より10歳は若く見えた。余裕でひとりで活動しているようだ。付き添いの息子を連れてきたのは他には誰もいない。じつは、付き添いでくる息子さんや娘さんたちと知り合うのを内心楽しみにしていた僕は少々がっかりだった。

食事は高級そうな、豆乳しゃぶしゃぶのフルコース。

話の中心はやはり東京大空襲だった。父が自作のエッセーを皆に原稿を配った上で読み上げたのだ。
東京大空襲SHOGAKUKAN DVD MAGAZINE d historyバーチャル空撮で50年前の“焦土”を再現!東京

空襲のあとに家に帰ると、屋根に穴が空いて、ふとんの上に不発弾が乗っていたという話もあった。大空襲に先駆けて、おとりの飛行機を飛ばし、皆が安心したところへ戦闘機の大群が現れて本格的なじゅうたん爆撃が始まったという話も興味深かった。

当時の日本軍の戦闘機はゼロ戦で、スピードもサイズもはるかに劣る上に上昇できる高度があまり高くないので、米軍のB25がそのゼロ戦を上から狙って爆弾を落としたという。空襲はそれから始まったそうだ。

父は、自分で言っていた、「俺が子供の頃は、クラスでガキ大将だったんだ。とても体が大きくて、五人抜き相撲で何度も優勝したんだ」なんて、自慢げに。実際に同級生の話を聞いてみると、やはりそれは本当だったらしい。僕の小学生時代とは大違いだ。

父の同級生の皆さんは、とても気さくで、本当に仲が良かったのだろうという印象を受けた。その中のひとりの女性の息子が50代で、母親よりも先に天国へ行ってしまったという知らせに皆が涙し、一分間の黙祷を捧げた。生んでくれた親より先に亡くなることは、本当に悲しいことだ。最近は小さな子供たちが相次いで命を奪われているが、その両親の大きな悲しみに僕の心は及んでしまった。

“一つの殺人は悪漢を生み、100万の殺人は英雄を生む”、とチャップリンが映画「殺人狂時代
」で訴えていたが、殺人が絶対に悪ならば、戦争も絶対悪いことであろう。

僕にとっては片道3時間の旅での3時間の宴会であったが、思うことは多い一日だった。

paul83 at 23:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記