March 30, 2020

#赤木さんを忘れない

赤木俊夫さんの無念を晴らそう!

Mr Akagi
森友学園
の事件で、公文書改ざんという不正を命じられ、良心の呵責と責任追及される側に回された無念さで自殺した赤木俊夫氏。彼の奥さん、赤木夫人が国と佐川元理財局長を相手取り、損害賠償請求訴訟を提起した。赤木俊夫氏が残した手記の中にそれまで明かされなかった真実が克明に記されていた。 中でも、佐川理財局長(当時)の指示によって改ざんをしたということが書かれていた。

この手記を国会で問題にし、野党が森友問題の再調査を要求したが、安倍首相も麻生財務大臣も「再調査はしない」と突っぱねている。その理由は「新しい事実が書かれていない」ということだった。

一般の人から見たら、新事実がたくさんあるのに、彼らは新事実はないという。

なぜ再調査を拒否するのか? それはもちろん、自分たちに捜査の手が及ぶことを避けるためだと考えられる。赤木婦人は、「この2人は調査される側で、再調査しないと発言する立場にない」と強く反発した。これは、本来はメディアが主張しなければならないことなのだが…

そして、次の動画の中で、週刊文春に記事を書いた相澤冬樹氏(大阪日日新聞記者、元NHK)が独自の推測を述べている。

それは、安倍麻生たちは全部知っているから新事実はないと言っているのでは?ということ。

二年前に財務省自身が調査して発表した調査書にはほとんど誰の名前も出てこないし、内容も抽象的である。これは、元々は実名も行動も具体的に調査された調査書が作られたが、その内容が財務大臣に読まれて、彼の指示によりそこから名前や行動を削り取り、どんどん曖昧な記述に変えた結果であるのではないか。だから、提出された調査書の元の文書を見れば、再調査するまでもなく真相が分かるのではないか。ということである。

だとしたら、彼らにとっては「新事実はない」ということにはなるのである。

次の動画は、相澤冬樹 氏が1時間この問題について語る動画。ここでその言葉を直に聞くことができる。(その部分から再生)



この動画では、続いて、 #赤木さんを忘れない というハッシュタグを広めてほしいと言っている。内容は何でもいいから、このタグを付けてツイッターフェースブックの投稿をしてほしいと言うのだ。できる人はぜひご協力をお願いしたいと思う。

paul83 at 11:15|PermalinkComments(0) 政治 | 社会問題

March 27, 2020

コロナ対策は徴収停止と現金給付のセットで!

コロナ対策は現金給付と支払い免除の両面から!

Taro Chart
今年は新型コロナウイルスの世界的な蔓延により、人々が集まったり、接触したりすることが制限され、仕事もできない状況に陥っている。 仕事をしないともちろん収入もなくなる。;

韓国、シンガポール、アメリカ、イギリスなどの先進諸国では損害補償と生活保障として政府から現金が給付されるという。

日本でも現金給付案が討議されたが、牛肉や旅行、飲食専門の商品券が検討され、最終的に現金給付は見送られたとのことだ。富裕層にも給付することが国民の理解を得られないから取り止めたということだ。その「国民」とは誰のことだ?

商品券なんぞ、牛肉業界とか、旅行業界の団体の会長を兼務している政治家が自分の都合で言い出しただけではないのか? すべての業界に影響があるのだから、すべてに使える現金がシンプルでベストだろう!

何よりも、生きていく上で不可欠な家賃と水道光熱費、義務的に取られる社会保障費をその商品券で払えるのか?まずは、これらの必要不可欠なものに払うコストを無料化することが現金給付以前に必要なことだろう。また、消費税も一時的に廃止すればいい。商品券は、現金給付に付随するサービスとしてなら考えられる。

このような、各自治体がこれらの徴収をやめることと、消費税をゼロにすることについて れいわ新選組山本太郎代表がネットでのライブ・おしゃべり会で語っている動画があるのでご紹介する。

こちらは、社会保障費と水道光熱費がどのくらいかかるのかという数字を出しながら、これらをすべて一時的に免除すべきだと主張している。商品券の問題点についても語っている。



こちらは、もう人々の命がかかっている非常事態なのだから、次の選挙がどうのこうの考える場合ではなく、消費税廃止に向けて、自民党の中から立ち上がれと訴えている。自民党の若い議員たちが、安藤裕議員を筆頭に消費税は廃止すべきだという主張をし始めたので、彼らと野党が力を合わせて実現しようと呼びかけている。


自民党安藤裕議員も、消費税減税と現金給付を主張している。


山本太郎映像の元動画



paul83 at 16:48|PermalinkComments(0) 山本太郎 | 政治

March 26, 2020

今年高卒のエルちゃんの「存在意義」

来島エルの存在意義

kijima_eru
今年高校を卒業したばかりの 来島エルという女性歌手がいる。彼女は今、れいわ新選組大西つねき 氏の活動に参加し始めた。 講演会でも歌った。彼女はウクレレで弾き語る。かわいい顔には似合わない、力強いボーカルで聞く人を魅了する。なんといっても彼女の歌詞がすごい。まさに学校や家庭で虐げられる子供の気持ちを赤裸々につづっているのだ。




来島エル
ちゃんは先日、大西つねき 氏の動画に出演し、インタビューに答え、歌を二曲披露している。この記事ではそのうちの一曲、「存在意義」をご紹介する。


「存在意義」 作詞・作曲 エル

僕なんていなくていいんだ
代わりなんていくらでもいるのさ
ここにいてもどうにもならないし
僕の席にはもう誰かが座ってる

僕の友達は僕の代わりを見つけて
駄弁ってる、駄弁ってる、しゃべってる
そんな軽い関係だとは思ってもなかった
ここから僕が消えたところで
出席番号がずれるだけ

僕が歌ったところで花しか聞いてくれないし
僕が泣いたところで天気だけが変わってく

僕なんていなくていいんだ
代わりなんていくらでもいるのさ
ここにいてもどうにもならないし
僕の席にはもう誰かが座ってる
座ってる

この教室に僕はいなくたっていいし
なのに、なんで僕は生きてんだろう
この世界にいなくたっていいのに

僕が死んだところで誰も泣いてはくれないし
死んだら歌えなくなっちゃうから
だから生きなきゃいけんの

僕の曲はどう聞こえてんのかな
誰かの心に残るかな
僕は今も、今も、生きていていいのかな

僕なんていなくていいんだ
代わりなんていくらでもいるのさ
ここにいてもどうにもならないし
僕の席にはもう誰かが座ってる

いかがだろうか? 大西つねき 氏は れいわ新選組 オリジナルメンバーでありながら、自身の党、フェア党の党首でもある。フェア党への寄付で、エルちゃんのフェア党イベント出演への寄付を受け付けるという。エルちゃん用、とコメントを付ければ寄付ができる。ぜひこちらから寄付をしてほしい。



paul83 at 16:42|PermalinkComments(0) 音楽 | 社会問題

February 23, 2020

映画 レ・ミゼラブルに感動!

アマゾン・プライム/Amazon Prime で見ることができる映画の中に、「レ・ミゼラブル」があったので、見た。最後の部分は泣きながら見入ってしまった。

この映画は、ビクトル・ユゴーの小説を原作にしたミュージカルで、かつて日本では「ああ、無情」というタイトルで知られていて、僕は小学生の時分に小学生向けの小学館雑誌の連載で読んだことを記憶している。 ただし、その記憶だけ残っていたのは、パン1個を盗んだばかりに一生警察に追われて大変な主人公の物語だということ。

そして、2012年にミュージカル作品「レ・ミゼラブル」となって蘇っていた作品が映画化され、当時個人で教えていた英語スクールの学生が、その挿入歌、「民衆の歌」を教えてほしいと言ってきた。

だから、ユーチューブで探して教えた。この歌の歌詞は、生活苦にあえぐ民衆を戦いへと導く歌詞である。その歌詞と動画は、このプロテストソングのサイトで味わってほしい。

そして、その映画をついに今、見終わった。

「民衆の歌」をはじめとして、革命後に再び王政が続いたフランスの、民衆の苦しみが描かれて、戦いへの至るプロセスとその後がドラマになっている。
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パン一個を盗んで19年間も奴隷のような懲役を過ごし、危険人物として仮釈放された主人公、ジャン・バルジャン。彼は釈放されてすぐにキリスト教の教会の神父さんに救われるが、その教会の銀の器を盗んで逃げ出したが、神父はそれを許し、警察に捕まってきた彼を助けた。 彼の一生はこの、慈悲の心により改心される。

その反面、ジャン・バルジャンを逮捕した警察官、ジャベールは、その任務への忠誠心から、ジャン・バルジャンを一生追い詰め続ける。

主人公、ジャン・バルジャンはそれ故に息苦しい生活を余儀なくされるのだが、この映画で同時に描かれるのは、若者たちの革命だ。 政府軍の充実した武力に簡単に屈してしまうのだが、その青年たちの怒りと、軍人たちの任務遂行のための冷酷さが鮮やかに浮き立たされていた。

僕が思うのは、時代は違い、環境も改善されて、科学も発展し、生活も豊かになったけれども、当時の権力層と一般庶民の関係は、相対的には変わっていないのではないだろうかということだった。

今の日本って、まさにその状況まで急速に近づいてきた様な気がする。となったら、誰かが先頭に立って「民衆の歌」で国民を立ち上がらせるしかないのでは?




paul83 at 01:30|PermalinkComments(0) 映画 | 音楽

February 18, 2020

韓国映画 パラサイト 半地下の家族

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韓国映画の「パラサイト〜半地下の家族」がアカデミー賞の作品賞を含めた4部門を受賞したときいて、嬉しさも相まって、さっそく見に行ってきた。これは、日本のテレビでの紹介動画である。




タイトルは 英語の PARASITE をカタカナにしたものであり、その意味は「寄生虫」、そして「居候」という意味にまで発展している。 この映画の韓国語の原題は、「기생충(きせんちゅん」で、日本語に直すと、まさに「寄生虫」なのだ。貧しい家族がお金持ちの家族に寄生する様を描いた映画である。

主人公は半地下アパートの貧しい失業者ファミリー、キム家の旦那で、今や韓国の映画には欠かせないビッグ・スター、ソン・ガンホが演じる。そして「コーヒープリンス1号店」をはじめ数々のドラマで日本でも人気が高いイ・ソンギュンが、IT企業のパク社長というお金持ちの側の代表に扮している。

ストーリーは、頭脳明晰ながら貧乏が故に良い大学に入れなかったキム家の息子が、あるお金持ちの家の高校生に英語を教える家庭教師の話を友人から持ちかけられてその家庭教師になるところから始まる。その後、その高校生の弟である小学生少年の美術の家庭教師、パク社長の運転手、そして家の中の女中を自分のキム家ファミリーで、それぞれ別人として任されるように持っていく。ここまでがキム家のサクセスストーリー的なイントロで、この後がドラマの本番、本編だと言える。

どれだけ、この偽装した居候がファミリーとして稼いでいけるのか。このような状態を維持していくのは簡単ではない。大人はだませても、純真な子供や、本能で生きているペットはごまかし様がないのだ!

あとはネタばれにならないように、これ以上書くのは遠慮したいと思うが、ひとつだけ書いておきたい。

主人公のキム一家が住む「半地下」の住まいは、元々は防空壕や、ボイラーの収納に使うために作られたスペースである。そのスペースが、韓国の高度成長時代に、半分不法な、格安住居として大々的に活用されたというのがルーツであり、今は減りつつあるが、貧乏世帯を象徴する家だと言える。アパートの屋上に作られた「屋塔房」も似たような経緯でできたものだ。

Half Basement House


この映画では大雨のために主人公が住む半地下のアパートの周辺が大洪水になり、半地下住居の悲惨な描写が生々しかった。そして、次のシーンは避難所。なんと、日本と同様に、避難家族は体育館にまとめて集められて、床の上で集団雑魚寝である!韓国もこの点は日本と変わらないのだということに、半分納得、半分失望であった。こういうところも似てるんだなぁ。

この映画は絶対に見て後悔はしないと思う。今、日本でも公開中だから見ておいてね!

paul83 at 23:39|PermalinkComments(0) 映画 | 社会問題

February 11, 2020

山本太郎 CO2削減と原発について

YamamotoTaro Genpatsu CO2

れいわ新選組
代表、山本太郎は、参議院選挙で落選し、議員にはなれなかったが、その代わりに「街頭記者会見」「おしゃべり会」という、大画面スライド映像完備の講演会を毎日のように開催しながら日本全国を飛び回っている。すでにその過程での演説をいくつか切り取ってご紹介してきたが、今回は2月9日に岐阜県大垣市で行われたおしゃべり会の内容をご紹介したい。

山本太郎の政治への関与の出発点は福島第一原発事故だった。原発廃止が彼の原点で、信念にして絶対に譲れないものである。

世界では、グレタ・トゥンベリの国連での力強い演説を追い風にして、CO2削減への取り組みが勢いづいている。(但し、主要先進国は消極的だ)

CO2削減のためには火力発電をやめて、原子力発電を維持しなければならないという考え方も出てきている。管理人は、原発が環境にクリーンだという考え方には賛同しないが、どうやら、それが日本では一般的な考えのようだ。そのような考え方の読者はこの記事の最後にある動画を見てほしい。

このような状況で日本はどのようなエネルギー政策を打つべきなのかについての山本太郎お話を聞いてほしい。



山本太郎が主張するのは、原発廃止、火力発電をつなぎにして、自然エネルギー発電にシフトしていくという考え方だ。

CO2の排出を減らす代わりに、放射能大量排出の危険を継続させるのはどうなのか。このことを世界に問うしかないと言っている。

CO2排出が地球温暖化の原因だというのは、大きな嘘だという説もある。

ここに、「原発は二酸化炭素を出さないの?」という、そのものズバリの動画があるので、見てほしい。


この動画でわかることは、原発を安全に維持するため、核燃料を加工するため、等、発電そのものではない、周辺部で確実に、切れ目なく、原発が止まっていても、CO2を排出し続けていることである。

なので、CO2削減の必要性については全否定はしないが、そのために原発が必要だという意見は、管理人は全否定する。



paul83 at 21:14|PermalinkComments(0) 原子力発電 | 山本太郎

January 25, 2020

食育が国防意識を育てる〜「日本が売られる」より

堤未果 の著書、「日本が売られる」を読んだ。この書籍は書店でもベストセラー的な扱いで、すぐに探すことができる。一般庶民必読の書である。
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この書を読んだら、日本国を動かす政府がアメリカの利益のためにどんなに国民を苦しめようとしているのかが様々な面から知ることができる。
  

その中でも、この記事のタイトルと同じタイトルの部分(261ページ〜)を引用したい。スイスの食育についての記述だが、日本とは正反対だと思われるのだ。

食育が国防意識を育てる

食を外国に依存するようになれば、経済的に恵まれているスイスのような国でも、外交交渉で不利になる。国防意識が高いスイス国民は、そのことをよくわかっているからこそ、大人だけでなく子供たちへの「食育」も熱心だ。

なぜ国産農産物を守らなければならないのか。

農家を守ると、スイスの美しい景観や気持ちの良い環境が守られること。

地産地消が共同体を守る仕組みについて。

そういう教育を受けた子供たちは当然のように、食料品店では高くても国産品に手を伸ばす。

チューリッヒ在住で3人の子を持つ栄養士 ルカ・シュミット氏は、地元で採れたものを家族で食べることが、子供たちに自分の国を自分で守る、国防意識の入り口になるのだと語る。

「その地域に住む、顔が見える生産者から買うことは、子供たちにとって食卓の卵やミルクや野菜との距離を変えるのです。

ミュラーさんのパン、マイヤーさんのキャベツ、フーバーさんの卵とチキン、という具合にね。
日本政府は国防、国防と叫びながら防衛費をアメリカの意のままに武器を買うことに費やしている。そればかりか、食料自給率をどんどん下げて、世界中の食料が安い関税で輸入され、日本の農業を破壊している。

しかし、本当の国防とは、国民が自国を誇りに思い、愛し、守ろうと自発的に思わせることではなかろうか。そして、自国で採れる肉や野菜を愛し、食し、体を作っていくことではないだろうか。食料自給率100%にすることが本当の国防だろう!

アメリカからの輸入攻勢に立ち向かうのが本当の国防だろう!

日本はアメリカから日本を守るべきで、韓国、中国に警戒するのは間違っている。


今の日本は日米FTATPPにより、自国の食の自立を破壊している。そのため、特にアメリカ国内や、ヨーロッパへの輸出販売が難しくなったアメリカの遺伝子組み換え作物や、その栽培に使うグリホサート(枯葉剤の原料)除草剤などが日本で売りさばかれているひどい状況である。

こう言っては何だが、
日本はアメリカが他国に売れなくなったものの最終処分場である。
このままで良いわけがない!こんな状況を許してきた自民党に、次の国政選挙で制裁を加えるべきだろう。個人的には自民党の主力メンバーは国際犯罪者として逮捕されるべきだと思う。日本の警察は権力の犬だから期待はできないが…(最悪)



paul83 at 19:06|PermalinkComments(0) 社会問題 | 政治

December 27, 2019

病気は社会が引き起こす!貧困層の分断統治のため


Sickness from Society

木村知 著の「病気は社会が引き起こす〜インフルエンザ大流行のワケ」を読んだ。元大学病院で医者をしていた方で、医療界に見られる問題点から始まって、社会福祉、そして政治の問題にまで話をつなげている。彼は山本太郎が参議院議員だったときに質問主意書の作成を手伝ったこともあった。なので、本書全体に山本太郎の考え方の基礎が詰まっていて、彼の考え方まで理解できてしまう。山本太郎が街宣で聴衆に説明するために使用するグラフもいくつか出処を明かして掲載されている。

今回は特に、本書の中で生活保護政策についての部分にとても感銘を受けたので、皆さんと共有したいと思う。

(生活保護は)自己責任社会にとって不都合な制度(p.174~174 引用)
今の政治が、国民の生存権を守るための「最後のセーフティーネット」である生活保護制度を破壊しようとしているのは、いったいなぜなのだろうか。私は大きく2つの理由があるのではないかと考えている。

1つは、今の政治をハンドリングしている人たちの最終的な目標ともいえる政策が、徹底した自己責任社会の構築であるためだ。

このような政策理念に基づけば、生活保護という制度は、その対極に存在する制度だろう。財政政策の一環であるかのように装いつつ、生活保護受給者に恥の自覚を要求し、受給者のみならず制度そのものにスティグマを刻印する政策を徹底して推し進める理由として、これは除外できないものと言えるだろう。

2つ目は格差社会を目くらましする目的での貧困層の分断統治だ。「富める人は、より一層の財を成し、貧しき人は、働けど働けど一向に暮らし楽にならざり」という、今の日本の格差社会における後者の不満を、いかに富裕層や為政者に向けさせないかが、政治を握っている集団にとっての至上命題だろう。生活に困窮している人同士を対立させるのは手っ取り早く有効な方法だ
自己責任を追及する社会構築の対極にあるのが生活保護の充実という考えはまさにそのとおりで、現実に社会保障の世話になっている人の負担を増やす政策ばかり聞こえてくるし、自民党はこの種の議論したくないみたいだ。

そして、何よりも、2番目の「貧困層の分断」こそ我らが警戒すべきことである。現状の満たされない気持ちのはけ口を自分より立場の弱い人に向けないことだ。強い人たちが今の世界を創っていると言えるのだから。

本書にはこういう内容の部分もある。(p.189 引用)
自分の気持ちや置かれている環境が不安定であると、他者に対して寛容でいることが難しくなる。過労や多忙、家庭内外での人間関係の不和や金銭的困窮といった、心身に対する負荷は、その人から余裕を奪い、他者に対する不寛容として表出されることにもなるだろう。
ということだ。世の中に目立って増えてると思われる、家族間殺人や煽り運転などの犯罪の原因はまさにこういうところにあるのではないだろうか。

自分が幸せだと感じていれば、他人を不幸に陥れようとなんて考えないはずだ。すべての人がそれなりに幸福感を味わえる社会を作っていかなければいけない。そのためには、立場が弱い人を思いやるべきだし、怒りの矛先は、今の日本を作った日本の「リーダー」たちに向けなければならないと思う。相手は決まっている。みんなで怒りの叫びを上げれば、「リーダー」たちも行動を正すことになるだろう。

paul83 at 15:46|PermalinkComments(0) 政治 | 山本太郎